万次郎の不思議 夜学会168

日時:9月4日(金)午後7時から
場所:はりまや橋商店街Water Base

8月、万次郎づいて、7冊関連の本を読み、次々と疑問が浮かんだ。まずホイットフィールド船長が万次郎を教育しようと考えたことである。機転が利いて向学心が旺盛だったそうだが、本当に読み会すらできなかったのか。ある程度の素養がないかぎり、船長の眼鏡にかなうはずがないということだった。万次郎が遭難したのは初めて本格的な漁に出た数日後のことで、漁船の操舵すら大した技術を持っていたとは思えない。どう考えてもどこかで読み書き以上の素養を得ていないとその後の万次郎の活躍は説明すらできない。
万次郎が生まれた中の浜についても「寒村」と書かれているが、当時の中の浜はそうではなかった。鈴木典子『現代語訳 池道之助日記』などによると、中の浜は当時、鰹節生産の中心地で、山城屋の屋号を持った業者が「700人」もの人を雇っていた。現在でもなかなかの規模の経営といわなければならない。池道之助は中ノ浜の佐平の長男ということになっている。万次郎に伴って長崎へ行った日記がこの本… もっと見る

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
カテゴリー: 夜学会 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です