最近、伴さんの原点はどこにあるのですかと聞かれることが少なくない。

即座に答えるのは「土佐山アカデミー」

「なぜ」

「そりゃ、アカデミーは僕のために始まった山暮らしの講座だったからよ」

7年前の5月、妻と土佐山をドライブしていた。高川から道を下っていると行く手の山の上に奇妙な建物をみつけた。なんだろうと道を上っていくと土佐山アカデミーの看板があった。ドアを開けると3人の若者が僕らを迎えてくれた。内野加奈子、山本堪、林篤志。アカデミーって何を目指すのか聞いた。

「100年先の日本を考える組織です」

その言葉に新鮮な感動を覚え、その場で7月からのアカデミーへの入学を申し込んだ。

高知に帰って何をしたらいのか迷っていた時に、100年先の日本を考える学校に入るきっかけを作ってくれたのはこの3人だった。7月から3カ月土佐山に住み込むことになった。高知県の森林面積は84%と日本一だが、土佐山はほとんど森林以外にない。見渡す限り森林だ。よけいな広告は一切ない。高知市から車で30分のところに緑の楽園を見出した思いだった。

そこから僕たちの炭焼きが始まり、七厘社による木炭の販売がはりまや橋商店街の金曜市で始まる。さらに鏡地区の古老と知り合い、山菜の販売も仕事となる。鏡で見出したのはシイタケ栽培とクレソンだった。中でもクレソンは夏場以外は通年商品になる。水さえあれば種も肥料もいらない。栄養価の高い野菜が自然に育っている。一束100円で販売を始めると、クレソンは金曜市でなくてはならない商品の一つとなった。

一昨年から僕はクレソンを鏡の特産品にしようと考え、畑を借り水を引いて、3つのクレソン田を開墾した。クレソン田は今、春の光を浴びてすくすくと育っている。