祖父の家に下宿していたおじいさん

夕方、日課にしている帯屋町歩きをしていて、ビラを配っていたら、背筋を伸ばしたおじいさんが言った。

「しっちゅう、西町やろ、僕は伴乙衛さんに仲人をしてもらったんだから」

選挙をやっていて、いろいろなところで日常的に父の伴正一や母の久子の名前は出てくるのだが、なんと僕のおじいさんの名前が出てきたのでびっくりした。

ちょっと待て! 僕の祖父は50年以上も前に死んでいるのだ。

「僕は乙衛の孫なんですが、お名前はなんというのですか」

おじいさんは名刺を差し出して、

「あのね、僕は西町の二階に下宿していたのです。京町の小川呉服店で三年住み込みをして、その後、西町の二階に引っ越したんです。まあ、そのご縁で仲人をお願いしたんです」

「よく覚えています。乙衛さんは西式健康法西式健康法をやっていて、冬でも板で寝ていました。風呂桶も二つあってお湯の桶と水の桶で両方の風呂に交互に入っていました」

東京で暮らしていたら絶対に起きない出会いだろうと思う。なんとも不思議な出会いに、そのおじいさんの後ろ姿を茫然と見送っていた。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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