土佐山アカデミーの講義で『半農半X』の著者、塩見直紀が京都の綾部から来てくれた。面白いのは出版元が廃業して絶版となったため、自ら田舎に出版社を設立して再版したという。その出版社では「おみやげ」の本づくりをしているというからまた、面白い。
『半農半X』を読んでいて示唆を受けることが少なくない。その中の一つ。
 仙台市在住の半農半民俗研究家とも癒える結城登美雄さんが、「よい地域の条件」として「海、山、川などの豊かな自然があること。いい習慣があること。い い仕事があること。少しのお金で笑って暮らせる生活技術を教えてくれる学びの場があること。住んでいて気持ちがいいこと、自分のことを思ってくれる友達が 三人いること」と言っている。
 どれも自分にとって大切なことである。客観的な価値観などはそもそも存在しない。なるほど、自分がその地域とどう向きあうかが一番問題だと指摘してくれているような気がする。
 面白いもので、そんな『半農半X』を読んでいると、日経新聞(8月22日)生活面で関連する記事が掲載され、塩見さんのインタビューも載っていた。以下のその記事である。

 仕事は続け、農業に挑戦 「半農半X」という生き方
 生活の半分は農業、もう半分は自分の得意な仕事ややりたい仕事。そんな「半農半X(エックス)」という生き方が注目されている。「食」の安全や環境問題への関心の高まり、豊かな生活・社会へのあこがれなどが背景にある。どんな生活なのか。都会に暮らす人でもできるのだろうか。
 大阪市で看護師をしていた関西出身の広川恭子さん(34)は今年2月、島根県中南部の飯南町に引っ越した。「半農半看護」の暮らしを始めるためだ。冬場は週4~5日、町立飯南病院で働いたが、春から病院は週3日勤務。2日は農業研修、2日は休みという生活になった。
 町が研修用に300平方メートルほどの農地を用意。ここで同町特産のヤマトイモなどを栽培する。研修日だけでなく、病院からの帰り道や休日にもつい畑に寄ってしまう。ヤマトイモの収穫は11月。広川さんは「今からどきどきです」と笑う。  もともと無農薬の野菜などが好きで、都会暮らしにも少し飽きていた。そんなとき大阪市で開かれたUIターンフェアに行ったところ、島根県の関係者から「半農半Xで移住してみませんか」と声を掛けられた。農業研修が受けられ、最長2年間は月12万円の助成金が出る。「X」に当たる職場も紹介してくれる。研修後、農業に必要な設備資金の補助もある。  広川さんは2泊3日の現地体験ツアーにも参加した後、「これならなんとかやっていける」と移住を決断した。助成金と病院からの給料を合わせても以前より収入が減ったのが厳しいが、「今の生活リズムは自分にぴったり」と話す。研修が終わると、耕作地を広げ、5年後をメドに、農業で年間90万円の販売額を目指す。

 ■新しい兼業農家スタイル
 全国的に農家が減る中、島根県も都会から就農希望者を募ってきた。しかし、いきなり専業農家を目指すのは大変。そこで、敷居を低くするために、新しいライフスタイルとささやかれていた「半農半X」の考え方を2010年度から導入した。農業以外の仕事にも携わり、全体として生活に必要な収入を得てもらう兼業農家的な考えだ。
 11年度からは「X」の部分に「看護」「介護」「保育」といった具体的な職種を入れて募集開始。これらの職種が県内で不足しているという事情もあった。
 これまでのところ「半農半X」移住者は15人。30~40代が多く、家族連れも増えてきた。県農業経営課では「農業とのその地域の担い手となる人に来てもらいたい。イメージと違うこともあるので、まずは体験ツアーなどに参加してもらいたい」と話している。  地方で本格的に農業を始めるばかりが「半農半X」ではない。この言葉の提唱者で農業を営む塩見直紀さんによると、持続可能な農のある小さな暮らしをベースに、自分の才能を世の中のために生かしていくのが「半農半X」。それは都会でも始められる。

■まずは体験農園

 「命を保つための作物ぐらい自分でつくらないとだめなのではないか」。東京都内でファイナンシャルプランナーとして働く女性(55)は3年ほど前、こんな思いから野菜作りを始めようとした。しかし経験もなく、市民農園を借りたとしても自信がない。
 そんなとき、農家に指導してもらいながら作物をつくる体験農園という方式があるのを知り、その一つである練馬区の白石農園に通うことにした。収穫期などのピーク時で週に一度2~3時間ほどを農作業に費やす。「取れたての野菜がこんなにおいしいとは知らなかった」と楽しそうだ。
 農園主の白石好孝さんは「体験農園を始めた16年前には団塊の世代の会社員の申し込みが多かった。今では20~30代の若い家族に広がり、定員はすぐ埋まる」という。利用者が払う費用は年4万3千円(練馬区在住者には区の補助あり)。通常、収穫物は8万円相当分ぐらいあるそうだ。「半農半Xとまではいかなくても、まずは身近な場所で得られる豊かさを知ってもらいたい」(白石さん)  体験農園や市民農園は自治体経由で申し込む例が多い。探すならまず地元自治体に問い合わせてみたい。
 都市住民と農業を結び付ける新たな試みもある。一般社団法人、都市生活者の農力向上委員会は今冬にも農業の基礎知識を身につけてもらうための「農力検定」を始める計画。一般市民200人程度の参加を目指す。ベランダ菜園なども解説した「農力検定テキスト」(コモンズ)も出版した。  「不安定さが増す社会の中で今最も必要なのは自給できる能力すなわち農力」(代表理事の西村豊さん)との発想だ。半農半Xの考え方は静かに広がっている。

■「半農半X」の提唱者に聞く
 「半農半X」を提唱した塩見直紀さん(47)は京都府綾部市で自給的な農業を営む傍ら、半農半X研究所代表として講演や地域おこし活動を続けている。言葉に託した思いを聞いた。
 もともと環境や食糧問題に関心があり、一方で自分の天職とは何かを考え続けていた。1995年ごろ、ある本で「半農半著」という言葉を知り「半農半X」という新たな言葉が生まれた。Xはその人の天職。私の場合は半農半Xを広めること。農に携わり大地に触れることでインスピレーションが生まれ、Xの部分にもいい影響が必ずある。
 「田舎で農業」といえば、定年後の楽しみや会社組織からの脱落といったイメージだったが、半農半Xでは社会のために自分の能力を生かすという積極的・創造的な意味合いを持つ。実際、20代の優秀な人たちが田舎に集まる。
 ベランダ菜園でもいいので、少しでも農に触れる時間を持つことが大切。命の根っこを大事にする生活をしながら、自分の才能を生かし、その才を独占せず、分かち合い、伝えていく。そんな精神でこの難しい時代を生きていきたい。この考え方は中国や台湾など海外でも関心を持ってもらいつつある。(談)(編集委員 山口聡)