身売りではないが、シャープが台湾企業に資本増強してもらうことになった。このニュースには正直驚いた。筆者を含めて多くの日本人はシャープが液晶技術で世界最先端を行っているのだと考えていたはずだ。
 そのシャープの提携相手先は鴻海(ホンハイ)精密工業。韓国のサムソンやLGを知っていてもほとんどの日本人は知らない企業だったからよけいに驚いたに違いない。さらに驚いたことは鴻海グループ売上が10兆円にも達することだった。シャープの5倍であり、パナソニックやソニーをも大きく上回っていたのだ。
 シャープの従業員だってどれほどその存在を知っていたか疑わしい。日本語ワープロで「三星電子」ですらいっぱつ変換できないほどだから、鴻海を知っているはずがない。
 世界の液晶パネル大手であり、事実上、アップルの製造部門といっていい。iPhoneやiPadで急速に業容を拡大してきた企業であるのだそうだ。
 三晩寝て気づいたことである。日本の量販店に海外の薄型テレビがないことが問題なのだと。日本製品の主戦場である国内でサムソンやLGが存在しないことが、日本企業を夜郎自大にしてきたということである。商売敵の実力がまったく分からないまま企業戦略がつくられるなど普通ではまったく考えられない。にもかかわらずそのことが日本ではずっと常識となっていた。メディアの議論を含めて、多くの議論がそのような空気の中でずっと行われてきたことに危機感を持たなければならない。
 かつて年に何回もアメリカに取材した時期があった。90年前後のことであるから、20年も前のことだが、アメリカの航空業界でマイレージが常識だった。日本航空もアメリカではマイレージカードを発行していた。当時、日本の航空運賃は硬直化していたから、日本からニューヨーク往復のビジネスクラスが80万円もしていた。アメリカで買うと30万円を切っていた。日本人の方がはるかに高い航空運賃を負担していたのに、日本在住の人にはマイレージカードが発行されなかった。
 日米構造協議でこのことも問題となり、日米で定期的に内外価格差を調査することになった。出てきた報告書に驚かざるを得なかった。なんと航空運賃は日米で同じだったのだ。運輸省の担当者に理由を聞いた。「ニューヨーク―東京をニューヨークで買うと価格差はあるが、東京―ニューヨーク往復はニューヨークの日本航空の支店で買っても東京で買っても同じです」
 ところがこの妙ちくりんの詭弁を批判する人はいなかった。問題視するメディアは皆無だった。アメリカ在住の大手メディアの特派員は無関心だった。
 缶ビールの価格差は大いにあった。しかしアメリカでの缶ビールは調査よりずっと安かった。日本ではまだビールは瓶で配達されるものだった。酒屋で買ってもスーパーで買っても価格は同じだった。というよりスーパーに酒販免許は与えられていなかった。アメリカでは缶ビールを単品で買う人はまれである。スーパーで箱単位で買うのが普通だった。買い方がまったく違うのに、単品で購入した場合の価格が比較された。
 価格の問題ではないが、日本の携帯電話は海外で使えなかった。GSMというヨーロッパ方式が導入されていたアジアでは国境を越えて端末が使用できたのに、日本ではそのことを問題視する人はいなかった。NECや松下など多くの端末をつくって輸出していた企業はみんなそのことを知っていたはずだ。国境を越えられない端末などヨーロッパでは考えられない。日本でも考えてみればすぐにわかることである。高知県から高速道路に乗って香川県に入ったら通話できなくなることなど考えられない。
 笑ってしまう逸話がある。当時、ドコモで成田空港で「海外で使用できる端末を貸し出す事業」のことを「ローミング・サービス」と言っていた。
 日本がこのまま海外製品を市場から駆逐したままだと、トヨタもホンダも危ういかも知れない。だった日本にはサムソン同様、ヒョンダイやキアがまったく走っていない。販売もしていないからだ。