2006年12月、47NEWSが誕生して、初代編集長になった。就任したのではない。そんな職責は共同通信にはなかったが、みんなが編集長と僕を呼び始めたから自ら自覚して、名詞にも「編集長」と摺ってしまった。47NEWSの課題は低迷するページビューだった。
 全国53の地方紙のニュースを纏めればユニークなニュースサイトが誕生するという発想は間違いではなかった。如何にも知名度が低すぎた。月間ページビューはasahi.comの100分の1では広告で生きようとするサイトとはいえなかった。
 独自のコンテンツが必要だという議論は当初からあった。最初に手がけたのが「47サクラ」だった。2月から準備して、3月時初旬のオープンを目指した。 沖縄のサクラはすでに散っていたから、鹿児島から始め、北海道まで約2カ月毎日、サクラ写真を日本列島の地図にはめ込むことを決意した。
47NEWS 編集長は「平成の花咲爺」のペンネームでサクラコラムも書き始めた。
 http://www.47news.jp/localnews/sakura/2008/
  終わってみると約600枚の写真を集めた日本最大のサクラサイトになっていた。翌年もまた、47サクラは好評だったが、その次の年は職場が変わって、継続 できなかった。何しろ、休日がまったくない仕事なのでよっぽどサクラ好きでないと引き継ぐことは不可能だったが、おかげで平成の花咲爺はサクラの専門家になっていた。全国の有名なサクラは頭の中に入っていた。
 いま、頭の中をよぎるのが、東北のサクラである。春の到来を喜ぶ日本人の心情の底にサクラがある。復興のシンボルとして東北のサクラになんとか光をあてることはできないか。そんなことを考え、後輩がデスクをしている仙台支社に電話をしたりした。
  そんなとき、すでに「東北・夢の桜街道」というプロジェクトが誕生しているのを知った。東京の青梅信金の特別アドバイザー、宮坂不二夫氏が呼びかけたもの で、福島県三春町を1番札所として88番札所とする弘前公園、つまり「桜めぐりの88カ所めぐり」だ。旅行会社がすでに商品を企画しツアーを販売、出版界 でも三栄書房が『東北・夢の桜街道公式ガイドブック』を2月下旬に発行する手はずとなっている。
 うわー、先を越された。