まもなく開く足摺の椿祭り
高知に住んで9カ月になる。国会では騒々しく参院予算委員会で補正予算の議論をやっている。いや、不思議なことに補正予算の内容について、ほとんど議論はない。野党は内閣設置法というややこしい法律を持ち出して、政府を激しく追及している。東日本大震災の復旧が目的なのだから一日も早く採決してほしいのに、国会はこのありさまだ。
本来ならば、このくだらないやりとりを批判するニュースが出てこなければならない。新聞は当たり前すぎることはニュースにしないのを特徴とするからあまり期待して名ならない。
さて2月は寒いばかりでニュースはあまりない。このころ庭の苔が鮮やかな新緑となる。ずっとふしぎなことと考えてきたが、梅は1月から咲くし、温暖な地域では菜の花も咲く。
高知県の足摺岬では来週11日から椿祭りが開催される。すでに開花は始まっている。足摺旅日記というブログから1月に撮影されたきれいな写真を拝借したい。
生物は、冬に春の準備を始めている。炬燵にくるまっていることはない。ちゃんと準備してくれていることに人間は感謝しなければならない。
多くの木々は秋に落葉する。春に落葉する木々も少なくない。聞いた話だが、落葉するのは枯れるからではなく、次の葉っぱが生える準備ができたことを示す現象なのだそうだ。なるほどそういうことだったのかと納得したことがある。
サクラに狂い咲きという現象があり、晩秋に花が咲くことがある。寒さの後に暖気が流れ込むとサクラが「春到来」と勘違いをするのだ。しかし、生物が偉いと思うのは繰り返し繰り返し花を咲かせて種をつくるということである。決められた道をさだめのままに生きるということである。ウメがサクラになりたくてもすぐになれるものではない。
人間の営みにもすべて意味がある。粛々と日々と送りたいと考える日々である。