中国には3度目の「日本に学べ」ブームが必要

 最近、「人民日報ヘッドライン」をメルマガで購読している、昨日の「中国には3度目の「日本に学べ」ブームが必要」という長文のコラムには腰が抜けんばかりに驚いた。中国共産党の機関紙にこんなことが掲載されるのは何十年ぶりかもしれない。中国がこのところの経済成長にうつつを抜かし、日本などなんともないと考えているのだろうと思ったら、そうでもないようだ。

 言論統制の国だから、このコラムがいつ何時なくならないとも限らない。以下にコピーをさせてもらおうと思う。http://j.people.com.cn/94475/6575806.html
 
 学習上手は自信の表れ
 中国の30年間の改革開放が巨大な成果を得られたのは、外国の経験を謙虚に学んだことと密接な関係がある。だが金融危機によって私たちは、欧米の発展理念や制度のいくつかが、中国のニーズには決して適さないことを目の当たりにした。もし中国が将来の発展において、より選択的に外国から学ぶ必要があるとすれば、主たる目標は依然として日本であるはずだ。私たちには3度目の「日本に学べ」ブームが必要だ。(文:庚欣・日本JCC新日本研究所副所長)
 中国人は過去2回、日本に学んだ経験がある。最初は100年前、甲午戦争(日清戦争)に失敗した後だ。中国人は恥じ入って果敢に敵を師と仰ぎ、その後、日本語の「外来」新概念が四書五経の言葉を圧倒した。辛亥革命、五四運動、国共両党を主導した先駆者の大部分は、これら新概念の実践者だった。次は30年前だ。鄧小平氏が日本を訪問して、オートメーションを体験し、新幹線に乗車して高速を体感したことで、「日本に学べ」ブームが国内に沸き起こり、日本の技術は「現代化」の別名とすらなった。
 だが、これら2度の学習には、遺憾な点もあった。最初の学習では、多くの人が日本は「小西洋」で、「西洋の学問の東漸」の「道具」にしか過ぎぬと見なした。2回目の学習では、多くの人が日本は「経済の巨人」で、「技術と管理」の「育成訓練班」にしか過ぎぬとみなした。「道具論」と「技術論」は、あたかも2枚の葉が目を遮るように、私たちの日本社会全体、特に人と文化の面への関心に影を落とした。
 日本は後発の東洋の島国で、20世紀初頭に30年で「列強」の列に加わった。第2次世界大戦で失敗した後も、わずか20年余りで欧州諸国を抜き、世界第2の経済大国に上り詰めた。一方私たちは、日本より優れた「ハードウェア」を持ち、30年間の高度成長を経たが、日本などの先進国との間になお相当大きな開きがある。この点だけでも、謙虚に学ぶ必要がある。過去2回の日本学習は情勢に迫られてのものだったが、今日も依然としてそのままだ。世界の大変動、欧米モデルのボトルネック、私たち自身の発展上の困難、そのいずれもが、さらに高く、さらに全面的な視野で再び日本に学ぶことを、私たちに迫っている。中国には現在、真剣に経験を総括することが求められている。そしてそれにも増して、日本との開きを探り当て、追い越すことが求められている。結局のところ、学習上手は自信の表れでもあるのだ。

 中国は日本から何を最も学ぶべきか
 中国が日本に学ぶにあたり、基本となる2つの点がある。第1は最大の共通点、第2は最大の相違点だ。中日の国情の最大の共通点は人の多さだ。そして最大の相違点は「人」の作用が異なることだ。中国において「人」は負担であり、困ったものであり、社会の財産を分割する「分母」であると見なされることが多い。一方日本において「人」は、日本の最大の財産であり、長所であり、資源を創造し、あらゆるものを創造する「分子」であると見なされることが多い。分母を分子に変えられるか否かの鍵は教育にある。
 中国の3度目の日本学習の要諦は「人の教育」に概括される。日本の本来の条件は中国より劣っている。日本の底力は一流の、組織された人材にあるのだ。近代の日本の台頭を「片手に銃、片手にペン」と形容した人がいる。だが過去半世紀余り、日本人自身はより後者を重視し、教育立国を発展の柱と見なしてきた。100年前、日本の田中不二磨・枢密顧問官は訪日した中国の実業家・張謇に「国の強さは兵ではなく教育にある」と語った。中曽根康弘元首相は「日本が世界2位の経済大国になれたのは、教育の普及と発展の賜物だ」と総括した。
 日本の教育の最も重要な特徴は、「普及」を重視し、「向上」に長けることだ。日本は明治維新以来一貫して、全国民への教育の普及を国策としてきた。1億3000万人の日本人は、高い入学率、終身教育、資質教育から深い恩恵を被っている。08年には、教育のバックグラウンドを日本に持つ4人の研究者がノーベル賞を受賞し、再び世界の人々が日本の教育に注目した。このうち物理学賞を受賞した益川敏英教授は英語が堪能でなく、パスポートすら持っておらず、日本国内で教育を受けた人々の代表と見なされている。受賞を知った益川教授の第一声「大して嬉しくない」は直ちに流行語となった。だが、尊敬する先輩である南部教授との共同受賞であると知らされると、益川教授は感極まって涙ぐみ、「ずっと南部先生を仰ぎ見てきた。その先生とご一緒に受賞できるなんて、本当に感激です」と語った。自分の名利は全く気にかけないが、尊敬する師のことになると感極まって涙ぐむ、教育学の視点から見ると、このような心がけはノーベル賞の受賞よりも尊いものだろう。この大学者は、反戦運動の活動家でもある。このような人物は日本では決して珍しくないのだ。益川教授の後に、再び私たち中国の現在の教育におけるいくつかの悪弊に目を向けると、「点数第一」ではなく「名利追求」あるいは「学びて優なれば則ち仕う」であり、大学さえもが行政上の等級を賜っている。このような教育理念・制度・基準・内容の下では、中国というこの人口大国は、いったいいつになったら、上に優れた大家、下に合格水準の労働力を擁する人材大国になることができるのか。

 教育の発展なくして人材の輩出なし
 将来の世界で鍵となるのは人材競争であり、これは教育競争と言い換えてもいい。今日日本は省エネや環境保護などの新興分野でいずれも強い競争力を備えているが、世界の人々が最も注目しているのは、やはり日本の教育の成果だ。中日間の最大の開きはここにある。
 改革10年記念の際、鄧小平氏は「改革10年の最大の失策は教育にある」と述べた。今日中国では、教育の改革と発展が、あらゆる分野の中で最も難しくなっている。大学入試の再開から08年で30年になるが、これは文革前の17年の体制を復活しただけだ。中国全体が「17年体制」を乗り越え、世界と軌道を合わせている時に、教育は何をじたばたしているのか。日本ではどんな功労も教育の記録に書き加えられる。日本では何か悪弊が生じると、教育もその責を逃れられない。小泉氏が靖国神社を参拝した際は、日本国内の多くの人が教育に問題があると非難した。中国には今日失敗があり、教育も当然それを免れ得ない。日本は戦後の廃墟の中から立ち上がり、30年後には世界一流の企業を多く擁し、自主開発した大量の先端技術によって世界をリードするまでに発展した。日本は長期間にわたった「平成不況」の際も、教育や科学技術をおろそかにしなかったばかりか、勢いに乗じてGDPからHDI(人間開発指数)への発展モデルの転換を実現し、今日もなお世界の先頭を歩んでいる。
 人類の発展は子どもの成長と同じで、表面的な実力の重視から総合的な実力の重視へ、資源やGDPの重視から人材や人の自由な成長の重視へと移っていく。今後の競争における鍵は人材だ。人口大国である中国は、最大で、最も貴重な人的資源を、決してないがしろにすべきでない。教育の発展がなければ、人材を輩出できず、人口を人材に転換できない。中国はたとえさらに20%成長したとしても、資源、環境、労働力に懸命であらねばならない。米国が借り越しているのは金だが、中国が借り越しているのは資源、環境、労働力なのだ。新発展観は「教育、健康、立派な生活」を基本要素としているが、これは中国にとってなおさらに深い意義を持つ。今回の金融危機によって、再びすべての国々が危険と機会の二重の挑戦を前にしているが、中国はどこへ向かうべきなのか。中国の教育はどこへ向かうべきなのか。日本を見れば、必ずその啓示を得られるだろう。(編集NA)
 「人民網日本語版」2009年1月16日

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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