賀川豊彦の伝記は海外でも数多く書かれている。一番有名なのは1932年、賀川44歳のとき、アメリカ人のウイリアム・アキスリング氏が書いた「Kagawa」だった。ただちに9カ国語に翻訳され、賀川の存在を世界に知らしめた著書となった。日本語訳は遅れて戦後、1948年に出版された。
 戦前、岡倉天心が「アジアの理想」(Ideal of the East)「茶の本」(The Book Of Tea)、新渡戸稲造が「武士道」、内村鑑三が「代表的日本人」などを英文で書き、日本の文化や精神を世界に広めた。外国人による日本紹介も数多くある。しかし、外国人の手によって「伝記」を書かれた人物はほとんどいないのではないかと思う。
 キリスト教徒に映った賀川豊彦像はどんなものだったのか。「Kagawa」の前書を転載したい。(伴 武澄)

 まえがき
 賀川豊彦の人生は、今なお進展の一途を辿りつつある。彼の前途にはより豊かな、そしてより円熟せる人生が洋々として横たわっている、従って、彼の伝記にペンを執ることは、早きに失すると云わなければならない。
 彼の全人生の物語を記録するという興味深い仕事は、やがては専門の研究家の手を通して永く後世に伝えられることであろう。
 この熱烈なる精神の持主――神秘なる東洋の申し子とも云うべき彼のメッセージは、その偉大なる魂と転変する現実の奥底から湧き起り、灼熱せる焔となって、冷淡と皮肉と閑暇とに満ちている世界に真正面から挑戦した。
 即ち彼こそは、二十世紀の舞台上に於いて預言者の声をもって語る神の如き人間であり、その英雄的なる生活の中に、あらゆる時代をとおして救済と創造の力を発揮した幾多の原理を実際に体現した偉大なる人物である。
 彼の中には相反する二つの人間性が存在している、その一つは、友人達の熱烈なる信仰によって神化され、理想化された賀川であり、他の一つは、輝かしい理想の為に全力を挙げて闘う一個の血の通う人間としての賀川である。
 著者は、彼の四十四年間にわたる人生と仕事について、不滅の物語を紹介することに前日まで長い間努めて来た。彼のかくされた人生と、その精神の働きをあらわす為には、数多なる著作の奥底に飛び込み、彼自身の言葉を織り込むことに努力した。
 各章の前後に対照的にのせてある、短文と本文中にあらわれる引用文とは、賀川が眼を病んだ時、東京で書いた瞑想録の中から抜粋したものである。この著書にある引用文は、すべて日本で刊行された賀川の著書か、演説を英訳したものである。これらの資料の英訳は本書が初めてである。
「光は東方より」という東洋のことわざが、社会的な連帯責任対して明確なる意識をもつ西洋が渇仰している光は、すでに東洋に於いては燃え上がっている。もしこの書物が証明となって、光を西方に運ぶ役割を演ずるならば、著者の幸いはこれに過ぎない。
 著者は、個人的な綴り込みや、他の有益で必要な資料を整えるに当って、有力な御協力を賜った賀川氏や、最初の草稿を読み。貴い暗示を与えてくれたエディナ・リンスリー・グレジット嬢や、その速記術で、熱心に、暖かい心をもって援助して下さったエディス・E・ボット嬢に対し、深く感謝の意を表する次第である。最後に、私の妻が或いはよき相談相手として、或いは友情ある批判者として、はかりしれぬ助力を惜しまなかったことをここに記して置く。
 一九三二年一月 日本・東京 ウイリアム・アキスリング

 日本語版出版に際しての序文
 この賀川豊彦の伝記はフランス、ドイツ、オランダ、スカンヂナヴィア、トルコ、メキシコ、インド及び支那からの切なる要望に下に、ドイツ語、フランス語、オランダ語、スカンヂナヴィア語、トルコ語、スペイン語、インドの方言、支那語(縮小版)の九カ国の言語に翻訳、出版された。
 その他、英国に於いて英国国民とその植民地の人々の為に出版されたブリティッシュ版のものもあり、これも広く江湖の読者の支持を得ている。
 賀川が今日、世界的な人物であるということは、衆目に一致する所である、彼は全世界の視聴を一身に集めている。
 彼こそは、洋に東西を問わず、一市民としては最も著名な日本人であるということが出来よう。そうして彼については、国内よりも海外に於いて一層著名であるということが縷々云われている。若しもそれが真実であるならば、彼を日本国民にあらためて紹介し、彼が今日まで日本人全体の福祉厚生の為に、幾多の風雲を忍び、総ゆる艱難辛苦に耐え、苦悩と犠牲の一途を辿り、遂にイエス・キリストの旗を天空高く掲げるに至った。その逞ましい信仰の一生について述べることは、決して無意味な試みでないことを確信する。
 一九四八年十一月  在東京 ウイリアム・アキスリング

 賀川の伝記

“Kagawa: An Apostle of Japan” von Margaret Baumann von Kessinger Pub Co (2007)
“Kagawa of Japan” von Cyril J. Davey von Kessinger Pub Co (2007)
“The Kagawa Name in History” by Ancestry.com (2007)
“Toyohiko Kagawa: An Apostle of Love and Social” by Robert D. Schildgen (1988)
“The New Jerusalem: Aspects of Utopianism in the Thought of Kagawa Toyohiko” (Monographs of the Association for Asian Studies) by George B. Bikle (1976)
“Kagawa” by T Wemyss Reid, Independant Press (1970)
“Saint in the Slums. The Story of Kagawa of Japan” by Cyril Davey (1968)
“The idea of redemption in the writings of Toyohiko Kagawa” by Ken Nishimura (1966)
“Toyohiko Kagawa” von Carl Heinz Kurz (1955)
“Kagawa, Japanese Prophet” by Jessie M. Trou ()
“A seed shall serve : the story of Toyohiko Kagawa” by Charlie May Hogue Simon (1958)
“Kagawa Gwr Duw” by W Lliedi Williams and - (1942)
“Kagawa - Gandhi - Schweitzer”(Three Trumpets Sound) YMCA (1939)
“Kagawa: Mystic and man of action” by T. Wemyss Reid (1937)
“Kagawa the Christian” by Jan Karel Van Baalen (1936)
“Kagawa : An Apostle of Japan" by Margaret Baumann (1936)
“Introducing Kagawa" by Helen Topping (1935)
“Kagawa, gambler for God”by Allan A Hunter (1934)
“Kagawa” by William Axling (1932)