2007年05月03日(木)Nakano Associates シンクタンカー 中野 有
 ネオコンのシンクタンクであるAEIのセミナーにて、北朝鮮の強硬派として知られるボルトン元国連大使、AEIの研究員のブレメンタル氏や、エバースタット氏が集い、北朝鮮問題が語られた。
 一番印象的だったのが、日本のメディアが順次、パネルの正面まで出て競うようにテレビカメラを回すシーンであった。スピーカーがそれを意識したかどうか定かでないが、日本に対しエールを送るような発言が繰り返しなされた。

 対北朝鮮強硬派
 米国の対北朝鮮強硬派に共通する考えは、金体制の核の放棄はありえないということである。金体制の生存のために核開発は最重要事項であり、外交交渉は成 立しないとの一貫した姿勢である。このプリンシプルでブッシュ政権の一期目は、北朝鮮と直接交渉を行なうことなしに、六者協議が進められた。換言すると本 音の外交が二国間外交であるとすると、多国間外交は現状維持を建て前としたものであり、北朝鮮を泳がせる政策であった。
 ブッシュ政権の一期目が北朝鮮問題で現状維持政策を実践した背景には、イラク問題に集中しなければならない現実的な理由があった。加えて、冷戦構造が残 存する北東アジアにおいて勢力均衡型の安全保障における北朝鮮の緩衝地帯としての不確実性要因は、必ずしも米国が推進するミサイル防衛の障壁にならないと の軍事産業複合体の考察があったと分析できる。
 北朝鮮への強硬策を主張してきたラムスフェルド長官、ボルトン大使等が見事にブッシュ政権から外されたのである。そしてこの主張を唱えるチェイニー副大統領のパワーにも明らかに陰りが観られる。
 北朝鮮は、国際社会の強い警告にも拘らず、昨年7月にはミサイル実験、10月には核実験を行ったのみならず、米ドルの偽札を製造し、日本人や韓国人を拉致し、それらの問題を反省どころか曖昧にする、ならずもの国家である。
 それにも拘らず、中国、韓国、ロシアは、北朝鮮への宥和政策をとり続けてきた。そして、最近では、米国が北朝鮮への強硬路線から宥和政策に変貌を遂げようとしているのである。北朝鮮を取り巻く5カ国で、日本が唯一の強硬派となってしまった。
 ブッシュ政権を去ったボルトン大使や、AEIのネオコン派は、北朝鮮への強硬政策を続ける日本の姿勢を評価しているのである。この最近の北東アジアを取り巻く情勢の変化を鑑みるに、北朝鮮問題の本質を把握する必要があると思われる。

 米国が宥和政策に変貌した3つの理由
 筆者は、日本一国でも核やミサイルの開発を諦めぬ北朝鮮へ経済制裁を仕掛けると姿勢を続けることは間違った判断でないと考える。何故なら、経済制裁と建 設的関与の程よいバランスが保たれ、封じ込めと関与政策が成り立つからである。同時に、米国がどうして北朝鮮への現状維持政策から宥和政策に変貌したかを 分析する必要があると考察する。概して三つの理由があると思う。
 第一、北朝鮮が核を保有したことで抑止力として日本が独自で核兵器を保有するとの懸念が生み出されたことと、核のドミノ現象の回避のためには、北朝鮮問 題の解決が重要と判断。これは、米中露韓のすべての共通した考えであると思う。特に、未だ米国には、日本とドイツには核兵器を保有させないという安全保障 の大前提がある。
 第二、中国が人工衛星の攻撃用実験を行なったことで、軍事産業複合体のパラダイムが北朝鮮の不確実性要因に依存する姿勢から、宇宙空間への開発にシフト しはじめたことに有る。ポーランドやチェコにミサイル防衛のための建設が行なわれるとのことで、NATOとロシアの対立が際立っているが、北東アジアで は、ミサイル防衛のみならず中国への封じ込め戦略の一環として軍事産業が絡む宇宙産業が展開されると考察する。
 第三、北朝鮮が核を保有し、ミサイル開発も予測以上に進んでいるとの判断で、軍事制裁への可能性が低下したこと。ブッシュ政権の対北朝鮮強硬派が舞台を 去り、ライス国務長官を中心とする実利主義的外交に加えて、ペンタゴンのゲーツ国防長官と中国への経済の相互依存を強調する元ゴールドマンサックス会長の ポールセン財務長官とのトリオが北朝鮮問題を中国問題の一環として考察する包括的戦略を推進していると読む。米中の経済的相互依存関係が、米中の北朝鮮へ の宥和政策に直結しているとも考察できる。

 大局的交渉
 大局的交渉(グランドバーゲン)として北朝鮮への米国による安全保障の保証と米朝の国交正常化もありうると読む。北朝鮮の核の放棄から核の平和利用とい う、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に見られたクリントン政権の末期に逆戻りしたような錯覚さえ感じとれる。しかし、KEDOとの明確な違いは、 13年前の朝鮮半島危機と違い、中ロの勢力が蓄えられたことに加え、中ロが北朝鮮の核開発を懸念している点である。
 従って、米朝が接近し、北朝鮮の暴走を緩和することで、北東アジアの安定と発展が保証されることは、米中露韓の利益に繋がると考えられる。よって、日本 を除く4カ国は実利外交として5万トンの重油提供と、北朝鮮が2月16日に決められた60日以内に北朝鮮の核のリストを提供するという合意を守ることを前 提に、追加として、95万トンの重油提供が示されている。日本だけが、核、ミサイル、拉致、偽札の製造という違法を継ける北朝鮮に対し経済制裁を主張して いる。日本の主張は、拉致問題が解決されるまで北朝鮮に妥協しないことにある。

 従軍慰安婦問題と冷戦の功績
 この日本の一貫した頑なな拉致問題への姿勢を崩す最大の武器は、従軍慰安婦の問題を人権問題の一環としてメディアを通じ、流布することであろうというの が、北朝鮮の融和を急ぐ勢力の戦略であると考えられる。ニューヨークタイムズやワシントンポストが、従軍慰安婦の問題を異常な程にクローズアップする背景 には、日本の北朝鮮への強硬姿勢を緩和するという意図があると考えられる。
 従軍慰安婦の問題に関し、日本の修正主義を支持する国は皆無だと思う。従って、河野談話を守るといういう姿勢が重要である。本当にこの問題がこじれた 時、日本が世界に伝えるべきことは、戦後、日本は一貫して平和主義を貫いてきたこと。並びに、冷戦中、米ロが5万発の核兵器を保有したが、その抑止の要に なったのがヒロシマとナガサキの被爆であり、日本は世界で唯一の核の犠牲になったことで核兵器の恐怖を世界に実感させたことであるという主張である。
 換言すると、冷戦を核戦争へと至らしめなかった最大の功績者が広島と長崎という被爆体験を持った日本であったという明確な意思表示が求められるのであ る。従軍慰安婦に関する日本の主張を世界の大多数が支持しないのと対極的に、核のドミノ現象を食止める最大の求心力は日本にあるとの主張は、世界の大多数 が支持し、そしてとりわけ原爆投下国である米国は、反論を唱える余地がないと考察する。慰安婦問題と日本の冷戦の功績という全く違う要素を組み入れなけれ ば、慰安婦問題はかなり日本の国益を削ぐと思う。

 勢力の調和
 21世紀の今日、地球世界は、ならずもの国家や国際テロ組織による大量破壊兵器の恐怖に直面している。そして、上海協力機構に代表される中国やロシアの 勢力が新たなる国際秩序の構築に拍車をかけている。ユーラシア大陸においては、日米同盟のみならずオーストラリア、ニュージーランド、東南アジア、イン ド、トルコ、EUと大きな勢力の統合と拡張が起こりつつある。その勢力とは、決して冷戦時代のイデオロギーの対立、すなわち上海協力機構を中心とする勢力 と日米同盟を中心とうる勢力の対立を意味するものでなく、勢力の調和(コンサート オフ パワー)でなければいけない。
 では、北東アジアにおいてどのようにして勢力の調和が生み出されるのであろうか。
 朝鮮半島は38度線で分断されている。しかし、それが崩れる兆しは米中露韓の協力で見え朝鮮半島の統一に繋がる可能性も有る。拉致問題で頑なな日本は、 この北東アジアの複雑な構造の中で、北東アジア経済圏が生み出されたらどれ程、大きな平和へのステップになるかとのビジョンとシナリオを描く必要があろ う。
 戦前の日本は、弱肉強食の帝国主義の時代において、エネルギー確保を前提に大東亜共栄圏の構築を行なった。無残にも日本の単独主義による共栄圏構築は、 軍事対立を引き起こした。ならば、21世紀の今日においては、多国間の協調による経済圏構築は、信頼醸成の構築に寄与すると信じたい。
 中国を中心とする勢力は、今後、北東アジアに大きな影響を与えると考えられる。それに伴い米国には、アセアン・プラス3(中国、韓国、日本)の経済の統 合に根強い不信感がある。この不信感を埋める最善策は、ブッシュ政権2期目で目覚め始めた米国の北東アジアに対する建設的関与政策を起爆剤に大きな北東ア ジアの開発ビジョンを提示し、それを実践することである。

 グランドデザイン
 北東アジアの空間に鉄道、道路、石油・天然ガスパイプライン、教育、通信などのインフラ整備が国境を越えて構築されることにより、国を越えた相互依存体 制が生まれる。この北東アジアのグランドデザインの実現が、ひいては、勢力の調和と協調的安全保障の確立と安定と発展への礎になろう。
 要約すると、ミサイル、核開発、拉致に対する反省が見られない北朝鮮に対し、経済制裁を課すという日本の外交政策は正しいと考えられる。しかし、北朝鮮 が4月14日までに核兵器の放棄に繋がるリストを提出し、そして拉致問題でも進展の兆しが見られる状況になれば、日本は、6者協議や国連の舞台を通じ、最 も広大で包括的な平和へのグランドデザインを示す時期に来ているように考察する。安倍総理が米中の首脳と対談される時には、北東アジアの安定と発展に向け たグランドデザインが協議されることを期待する。
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