横審は朝青龍を蹴手繰り返せと言うべきだ
2006年12月01日(金)萬晩報通信員 成田 好三
ある日、新聞記事を読んでいて、久しぶりに思わず笑い転げてしまった。
本当に面白い笑いは、今どきのお笑い芸人がTVでやっている、いわゆるウケ狙いの笑いではない。当人が至極真剣であるにもかかわらず、いや至極真剣であるがゆえに、社会の実相や現実とずれてしまう。それこそ強烈な笑いを引き起こすものである。
短い記事なので、筆者が笑い転げてしまった新聞記事をここに書き写す。読売の記事だが、朝日その他の記事もほとんど同じ内容だった。記事に登場する当事者も、執筆した記者も、原稿をチェックしたデスクも、この記事が笑いを引き起こすなんて考えてもみなかったに違いない。
■朝青龍の蹴手繰り「よろしくない」…横綱審議委員会
大相撲九州場所後の横綱審議委員会が27日、両国国技館で開かれ、19度目の賜杯を5度目の15戦全勝で飾った朝青龍について「全勝優勝は高く評価する が、8日目の稀勢の里戦でみせた蹴手繰り(けたぐり)は、品格の問題からもよろしくない。受けて立つ相撲を取ってほしい」と注文をつけた。
内館牧子委員は、「蹴手繰りなんて、そもそも語感が汚いわね。横綱が、『先場所、負けてるから』なんて言ったそうだけど、横綱の発する言葉じゃない」とピシャリ。
石橋義夫委員長は、「連敗は困るという気持ちの問題でしょう。横綱本人も自覚しているでしょうけれど」と語った。(2006年11月27日 読売新聞)
読者の皆さん、この記事を読んでみて、何かおかしいと思いませんか。
横綱審議委員会(横審)は、朝青龍が稀勢の里戦で放った蹴手繰りを「品格の問題からよろしくない」と批判、内館委員にいたっては、「蹴手繰りなんて、そもそも語感が汚いわね」と酷評しているが、はたしてそうだろうか。
蹴手繰りは相撲の決まり手として認められている正当な技である。力士が正当な技を駆使して勝利して、文句を言われる筋合いはない。それなのに、大相撲の最高諮問機関から文句を言われたのでは、たまったものではない。
かつての大相撲では、つりに専心した明武谷など特異な技をもつ異能力士が多くいた。蹴手繰りの名手もいたはずだ。蹴手繰りの名手が自分の得意技で勝ったために、大相撲の最高諮問機関からとがめられたなどという話など聞いたことがない。
横審は、朝青龍の一人舞台となった九州場所を論評するならば、朝青龍の蹴手繰りに難癖をつけるのではなく、日本相撲協会と大関以下の力士の不甲斐なさを糾弾すべきである。
朝青龍は、現役力士の中ではケタはずれの実力をもっている。大関以下の有力力士がまっとうに戦っても、まず勝てる可能性がないほどの実力差がある。
筆者は、朝青龍は、いわゆる名横綱ではなく、たまたま相撲界に足を踏み入れてしまった、稀代の格闘家だと考えている。朝青龍の瞬間的なスピード、技の切 れ、それらを生み出す体の使い方、つまり、重心の置き方と移動の仕方、勝負勘、勝利への執念とも、他の力士とは比較にならないほどのものがある。
しかしです。実力差が余りにも大きくて、まともに戦っても勝てる可能性が極めて少ない場合、他のスポーツ界ではどうするのか。戦う前から勝利をあきらめてしまうのか。
MLBの場合、ヤンキースと対戦する、万年最下位のデビルレイズは試合を投げてしまうのか。サッカーのスペインリーグで、FCバルセロナと対戦する下位チームは対戦前から戦意を喪失してしまうのか。そんなことはない。
絶対的に戦力不足の下位チームであっても、強いチームの数少ない弱点を分析し、そこをついて戦い、勝利の可能性を追求する。そのスポーツで認められられたルールの範囲で、あらゆる手練手管、つまり戦略と戦術を駆使して、相手チームを倒そうとする。
プロレスでは、大勢のレスラーがひとつのリングに上がって戦うという形式の試合がある。プロレスならば、リングに上がった他のレスラー全員がひとりのレスラーを攻撃することもできる。
大相撲ではそんなことはできない。しかし、朝青龍に対しては、1場所で15人の力士が対戦する。15人がそれぞれ、彼らがもつあらゆる技能と知恵を絞って戦えば、朝青龍を倒すこともできるはずだ。
横審は、朝青龍の取り口について悪口ではなく、こう言うべきである。朝青龍は確かに強い。朝青龍を倒すことは極めて難しいことはよく分かる。しかし、他 の力士も同じ土俵に立つ格闘家である。ならば、朝青龍を倒すために、ルールで認められた範囲内で、あらゆる手練手管を駆使して、朝青龍に勝利を倒す努力を すべきである。
稀勢の里に対する蹴手繰りも、「先場所負けている」からだけではなく、対戦相手の強さと勢いを認めたうえでの、天性の勝負勘からでた技だろう。
朝青龍に比べれば、他の力士は「お坊ちゃん相撲」をしているにすぎない。それでは大相撲は衰退してしまう。横審は、朝青龍の悪口ではなく、朝青龍に対抗 できる力士を育成できない相撲協会と親方衆を批判し、ふがいない取組しかできない他の力士の奮起を促すべきである。(2006年11月30日記)
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