2006年04月20日(木)萬晩報通信員 成田 好三
 登録名・SHINJOこと新庄剛志(北海道日本ハムファイターズ)ほど完ぺきでかつ鮮やかな引退宣言には、これまでお目にかかったことはありません。これ からもないでしょう。新庄だけにしか出来得ない最高のパフォーマンスでした。誰もが予測しなかった引退宣言を、誰もが想定しなかったステージで行ったので すから、見事というしかありません。
 勝手に公衆の面前で引退宣言をすることなど、プロ選手としては本来許されることではありません。スター選手ならなおさらです。所属する球団やリーグ、そ れにプロ野球全体に不利益をもたらすからです。プロ野球を代表するスター選手の引退は、興行面で大きな痛手になるからです。
 しかし、新庄の引退宣言は、そんな「常識」を吹き飛ばしてしまいました。開幕からまだ1カ月もたっていない4月下旬に引退宣言をしても、新庄は今シーズンいっぱいの現役続行を併せて宣言しました。
 これは、今シーズンの日本ハムの試合はすべて、新庄の「引退試合」になることを意味しています。来シーズンは見ることの出来ない新庄のプレー、そして卓 越したパフォーマンスを見るために、日本ハム主催、相手球団主催にかかわらず、新庄の出場する試合には、これまで以上のファンが詰め掛けることになりま す。
 歌舞伎の「襲名公演」ならぬ、新庄の「引退試合」がこれからロングランで続くことになります。これは、日本ハムだけではなく、パ・リーグ、プロ野球全体に大きな興行的利益をもたらすことになります。
 それにしても、新庄の引退宣言は見事というしかありません。事前に何ももらさずに、4月18日、東京ドームでのオリックス・ブルーウェイブとの公式戦終 了後のお立ち台(ヒーローインタビュー)で、1万2560人の観衆(公式発表)とTVカメラの前で宣言したのですから、誰も止めようがありません。
 新庄はこうしたステージでの引退宣言をかなり前から準備していたようです。朝日新聞はスポーツ面で、お立ち台での新庄の言葉全部を記事にしていましたが、事前に周到に準備していたとしか考えられない内容でした。ハプニング的な発言ではけしてありません。
 新庄は、もっと早い時期に、しかも本拠地の札幌ドームで引退宣言をしたかったのでしょう。しかし、開幕直後からの不振でその機会を得ませんでした。
 しかし、とうとうその機会がやってきました。日本ハムは新庄の満塁本塁打を含む2本塁打などで快勝しました。球場は札幌ドームではありませんでしたが、 日本ハムが本拠地としていた、いまでも準フランチャイズにしている東京ドームでした。新庄は、この機会しかないと確信したのでしょう。
 日本ハムは大社啓二オーナーが試合後、「球団、日本ハムグループ全員の総意として、全力で新庄選手の慰留に最大限の努力をいたします」とのコメントを出 しました。しかし、新庄が引退宣言を撤回することはあり得ないでしょう。直接、新庄の声を聞いた1万2560人のファンを裏切ることになるからです。
 新庄にとって最も大事にすべきものは、ファンに愛された「SHINJO」というブランドです。野球選手、阪神タイガースやMLB選手としての新庄ではありません。そうでなければ、東京から北海道・札幌に本拠地をを移した日本ハムに移籍先を決めたはずはありません。
 新庄は、4月末の引退宣言によって、日本ハムに猶予期間を与えたことになります。札幌に本拠地を移した日本ハムにとっては、新庄抜きの興行は考えられな いことでした。シーズン末になってからの引退宣言では、来シーズンの「ポスト新庄」の準備は間に合わなくなるかもしれません。しかし、この時期の引退宣言 によって、日本ハムは十二分の猶予期間を与えられたことになります。それを生かすも殺すも日本ハムの対応次第ですが―。
 現在のプロ野球においてほとんど唯一、スーパースターと呼べる存在は新庄しかいません。プロ野球ファンを呼べるスターは数多くいます。しかし、野球のルールさえ知らない人たちを球場に呼べる選手は新庄しかいないでしょう。
 プロスポーツはマニアや熱心なファンだけでは成り立ちません。もっと広い層の支持が必要になります。新庄の引退宣言は、新庄のいないプロ野球にどうした ら野球のルールさえ知らないおばあさんやおばさんを呼べるのかという、大きな宿題を残したといえるでしょう。(2006年4月20日記)

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