執筆者:兵頭 ニーナ【ギターボーカリスト】

今日は5月5日、日本では子供の日だなあとふと思ったが復活祭が終わったトビリシの街はまた普通に戻った。でもパン屋は開いたが私のお気に入りのひげちょびれの青い目の太鼓腹のおじさんの姿はまだ見えない。

店の奥の部屋に泊まり込み2人交替で朝8時から夜12時までのパン焼きはけっこう大変だ。何しろタンドールのおかげで中は一日中サウナ状態だ。

きっと遠い所から出稼ぎにきてがんばってるんだるんだろうなあ。久しぶりの帰郷で今頃は家族とゆっくりしてるのかなー・・・・・と勝手な想像をする。

明日はやぶ蚊さんの奥さんタムリコの誕生パーティで歌を唄う事になってるのだが風邪のせいか2、3日まえからのどの調子が悪くてとても心配だ。

当日花を買いギターを持ってイサトとタクシーでマルジャアニシヴィリ駅をめざす。駅隣りにマグドナルドがありその前がやぶ蚊さんのアパートなのでとてもわかりやすい。アパート下のトンネルをくぐり抜け、中庭から外階段を2階に上がる。建物一階のトンネルといった形式は日本ではあまりないがロシアでもよく見たし時に普通に道路であったりもする。

夕方6時の約束だったやぶ蚊宅は第一陣のお客様が帰ったばかりでがらんとしていた。そのうち別の友人達も来ますからぼちぼち始めましょうとワインを開ける。主役の奥様はただいま2カ月半の息子の授乳があってジュースで乾杯!テーブルそばのベビーベッドの中ではショータ君が機嫌よくあーあー言ってる。同じグルジア人と日本人のハーフのイサトはまるで自分を見るように感慨深げにしばらく赤ちゃんに見入っていた。

おじいさんに似てとても静かな子なの、という通り帰るまでの4時間ぐらいの間に一度も泣かなかった。もっともやぶ蚊さんもタムリコもとにかく良く世話を焼いていた。幸せな人生の一ページだ。

やがて国連の仕事をしてるといううららさんもやってきた。今年1月にグルジアに来たばかりで、これでトビリシに住んでるたった4人の在留邦人が全員集合したということらしい。でまた乾杯!まもなくどかどかと友人達が駆けつけた。皆そろったところでタムリコのためにハッピーバースデイと他2曲くらい唄った。やっぱり声が出ない。何てこった!あんなに気をつけてたのに・・・・。

大事を取って訳を話して私は歌をやめた。変わりに別の女性がギターを弾きアメリカでオペラを勉強したというレナとのデュエットが始まった。

素敵なハーモニーにしばし聞きほれる。やっぱりグルジアの曲の流れはどこかアラビックで東洋風で私の胸をくすぐるものがある。早く咽を直して私もグルジアの歌を唄いたい。ところでせっかくオペラを勉強してきたはづのレナは今は英語の先生をしてるというから音楽の仕事が厳しいのかな?

まあいずこも学校を出てすぐは大変かも・・・・。最後にやってきた男性は現在プロのミュージシャンらしくシンセサイザーを弾くという。

仕事で広島、長崎、京都、大阪、東京、札幌と全国まわったらしいがスラスラと地名が出たのには驚いた。しごく日本がお気に入りの様子だ。

出ない声でもう一度がんばって唄ったら、次の機会に僕がシンセサイザー、あなたがギターでぜひ一緒にやりましょうと約束をしてくれた。いいお友達が出来たと私も喜んだのだけど無理して唄ったせいか翌日からますます声が出なくなった。あ~情けない、やるせない、くやしい。