日韓のソフトパワー
執筆者:中野 有【アメリカン大学客員教授】
ワシントンの日本人の間でも、「冬のソナタ」が話題になっている。3年前に韓国で放映されたドラマが、日本人の心をつかんだのが昨年である。その「冬ソナ」の効果が、東南アジア、中東まで波及しているという。先日、韓国を訪問した時、再放送で冬ソナを放映していた。これは日本の冬ソナ現象の影響からだそうだ。ニューヨークタイムズの一面でも、冬ソナ効果をアジアの社会的現象として取り上げている。テレビドラマが複雑なアジアを一つにしているという意味で、軍事というハードパワーなしで、文化というソフトパワーにより地域の安定が生み出されていると考えられる。
たかがテレビドラマといってしまえばそれまでだが、韓国の現代経済研究所の試算では、冬ソナの経済波及効果は3千億円である。経済の側面だけでなく近くて遠い国といわれた隣国との交流が深化し沸騰したのである。歴史観や安全保障を考慮すると、韓流には、計り知れない歴史的意義があると考えられる。
冬ソナの純粋で美しいシーンと儒教的なドラマの展開は、日本のテレビでは味わえぬアジアの情感にあふれている。韓流に触れ、心地よくなるのは、ウラルアルタイ語の文化圏(日本、朝鮮、モンゴル)に備わっている共通のDNAと決して無関係ではないだろう。
日本の文化は、北方系と南方系の複合体であり、その北方系の文化は、朝鮮半島や大陸から伝わり日本文明の根底が形成されたのである。モンゴルの大草原に沈む夕日に酔いしれながら、大自然に包まれたときに、何とも表現できない幸せな気分になるのは、日本人のルーツに帰化するからであろう。その感性は、ユーラシア大陸、朝鮮半島、日本列島という地勢を越えたものである。
韓流ブームやモンゴルの力士の活躍により、アジアの中の日本の意識が高まり、アメリカやヨーロッパに憧れてきた日本人の意識がバランスのとれたものに変わりつつある。この百年の朝鮮半島や大陸への日本人の意識には、戦前の軍事的、そして戦後の経済的な優越感により、偏見があったことは否定できない。その偏見が中国をはじめとするアジアの興隆の影響で、アジアを見る眼が変わってきた。加えて、韓流ブームが追い風になり、偏見がむしろ尊敬に変化したようである。
環日本海交流の研究を通じ、日本海側の空港と対岸諸国の航空路線を如何に活性化させるか考察したことがあったが、北朝鮮問題もあり、なかなか苦戦が強いられたことが思い出される。それが、冬ソナ効果により、予測を遙かに越える勢いで交流が進展している。冬ソナのソフトパワー、すなわち、一つのテレビドラマが環日本海交流にこれ程、影響を与えるとは誰が予測したであろう。韓国の太陽政策は、イソップ物語の「北風と太陽」に例えられるが、韓流の冬ソナは、外交・安全保障が容易に解決できぬ北朝鮮の雪解けのきっかけになるのかもしれない。
前回のコラム(外交・安全保障をビジュアルに展望する)で、マンガのソフトパワーが日本の隣国とのぎくしゃくした関係をなめらかにする潤滑油として機能すると問いかけたところ幅広い反響があった。この1カ月強の間に、モスクワ、ワシントン、秋田、東京、ソウルの会議に出席し、非軍事の外交戦略を描くにあたり、マンガやドラマのソフトパワーが如何に機能するかについて述べてきた。
安全保障というハードパワーやパワーポリティックス中心の国際会議においても、戦略的な開発援助や人材育成についても議論がされている。安全保障の範囲が、軍事のみならず非軍事の分野に拡張されているのは、貧富の格差や宗教や地域間のねたみが紛争の種になり、具体的に国際テロにつながっているからである。加えて、自然災害の脅威も安全保障として議論されている。
日本が国連常任理事国の地位を確保するにあたり、日本の得意とする国際貢献を明確にしなければいけない。それは、明らかに非軍事における国際協力、すなわち自然災害の分野やソフトパワーの効用による紛争の回避であろう。国連という多国間の協調の理想を発展するにあたり、市民が主役となる活動がある。その活動の一環にマンガやドラマのソフトパワーがある。これらの活動が日韓の調和の下で世界に広がることが期待されている。
ワシントンからセントレア(中部国際空港)に到着し、フェリーで伊勢湾を渡り津に赴いた。津にて萬晩報の主筆の伴さんと平和戦略について熱く語りあった。安全保障、東アジアの戦略、靖国問題、国連常任理事国・・・真面目に国益や地球益のことを考察しているつもりでも、気がつけばマンガのソフトパワーのことを語るこっけい滑稽な国際フリーターそのものであった。余談だが、セントレアの和風の店の並びと風呂は、長旅を豊かなものにしてくれる意味で、なかなか日本的ないやしの粋な空港である。
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