野球は危険なスポーツ
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
野球は本来、危険なスポーツでです。使用するボールは石のように硬く、かつかなりの重さがあります。野球は投手が捕手めがけて投げ込むボールを、ボールの軌道のすぐ側に立つ打者が、木製(金属製)のバットで打つことによって成り立ちます。
マウンドと本塁ベース間の距離は18・44メートル。投手の指先から放たれた速球は、プロ野球ならば、時速140キロ前後(初速)のスピードがあります。放たれたボールは捕手のミットに吸い込まれるか、打者のバットによって打ち返されるか、どちらかの運命をたどります。
投手が投げ込むボールは大きな危険性をはらんでいます。打者に当たれば、当たりどころが悪ければ選手生命はもちろん、生命そのものにかかわる大けがを負う恐れがあります。だから、打者はヘルメットで頭部を保護し、ひじ当てやすね当てなどの防具で体を守ります。投球を受ける捕手もマスク(フェイスガード)やさまざまなプロテクターに身を包みます。
打者が打ち返す打球にもかなりの威力があります。素手で捕球することはあまりに危険なので、野手はグラブを手に装着するわけです。
■野球の危険性は観客にも及ぶ
野球の危険性はグラウンド内の選手だけにあるのではありません。ファールボールが内野スタンドに飛び込めば、観客にも危険が及びます。打球ばかりか、時には打者の手をすり抜けてバットまでスタンドに飛び込みます。
メジャーリーグでは、ボールを追いかけて選手がスタンドに飛び込むことさえあります。昨シーズンは、ヤンキースの松井秀喜やデレク・ジーターがスタンドにダイブしました。日本のTVで放送された以外のゲームでも、多くの選手がスタンドにダイブしたことでしょう。
野球はこうした危険性とともにあるスポーツです。逆に言えば、こうした危険性もまた、野球の魅力を構成する重要な要素になります。
プロ野球の球場は、戦後長い間、観客の危険性を排除することを優先順位の上位に掲げてきました。投手と打者・捕手との延長線上にバックネットがあるのは、危険防止のため誰もが納得する至極当然の設備ですが、内野席にまで高いネットが張り巡らされています。観客をファールボールから守るためです。しかし、高く張り巡らされた内野のネットは、野球の魅力をそぐことにもつながっています。
■ボールから目を離さないことを強いるスポーツ
野球は本来、観客にとっても危険伴うスポーツであるという、魅力が失われるからです。いつ自分のいる席にボールが飛んでくるか分からない。野球は、ボールから目を離してビールを飲んだり、弁当を食べたり、隣席の友人と冗談を飛ばしたりし、あるいはグラウンドに背を向けたりしながら観戦できるスポーツではありません。
インプレー中、特に投球後、ボールが捕手のミットに納まるか、打者が打ち返したボールが野手のグラブに納まるまでの数秒間は、観客にもボールから目を離さないことを強いるスポーツです。
今シーズンからネットで保護されない、内野のファールグラウンドにせり出した観戦空間が一部の球場で設けられました。新規参入球団である楽天の本拠地・フルキャストスタジアム宮城の「フィールドシート」や、東京ドームの「エキサイトシート」です。
局外者として安全を保障された席で野球を観戦するのではなく、いつボールが飛んでくるか分からない、いや、ボールだけでなくバットや選手まで飛び込んでくる可能性のある臨場感の中で野球を楽しむ機会が生まれます。いまのところはわずかばかりの空間ですが、この空間が拡大すれば、野球観戦のあり方を変える力になるのではないでしょうか。
■球界再編騒動後、何も変わらなかった球界
昨年、社会的な一大関心事になったプロ野球再編騒動の結果、プロ野球界は変わったのでしょうか。結論から先に言うと、本質的な問題については、何も変わってはいません。球界の病巣である、ドラフトの名に値しないドラフト制度の改革も、新人選手獲得をめぐる裏金問題も、親会社の赤字補填に依存する不透明で前近代的な経営システムの改革も、ほとんどすべての本質的な問題を先送りしたまま、今シーズンの公式戦が開幕してしまいました。
球界再編騒動を経て変わったことといえば。交流試合の実施と、「実数に近い」入場者数の発表と「飛ばないボール」の導入程度です。しかし、日本プロ野球組織(NPB)とセ・パ両リーグの統一ルールに基づいて実施されるのは交流試合だけです。「飛ばないボール」は球団ごとに選定されます。主催球団によって使用するボールが異なるという現状に変化はありません。
球場入場者数は、主催球団の経営状況や人気度を指し示す最も確かな物差しになります。現場に観客を集められない球団が、TVの視聴率を稼げるはずはありません。ですから、球場入場者数は「実数に近い」数字ではなく、Jリーグと同様に有料入場者数としてカウントすべきです。
■「デッドゾーン」が利益を生み出す
プロ野球界が本質的問題を先送りし続ける中で、楽天などが試みたネットに保護されない、グラウンドの選手と観客が危険性を共有する新たな観戦空間の誕生は、一筋の光明ともいえるものではないでしょうか。
球団経営者にとっても利益の得られる改革です。球団経営にとって、球場のファールゾーンは利益を生み出すことのない「デッドゾーン」でした。しかし、ファールゾーンに観客席を設ければ収容人員を増やすことができます。しかも、相当高額な料金を設定できます。東京ドームの「エキサイトシート」は、一、三塁側合わせて228席という、何とも情けない規模ですが、料金は1席55000円と聞きます。かなりの高額チケットになります。「デッドゾーン」が「宝の山」に変わることになります。
日本の野球観戦文化を変えるなどという抽象的な概念ではなく、経営者にとっていますぐでも現実的な利益になる改革です。彼らが球場のファールゾーンを改造する意思がないなどということは、まったく理解できません。(2005年4月4日記)
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