執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

■満面笑みの会談

チリのサンチアゴで開かれたアジア太平洋首脳会議で小泉純一郎首相と胡錦濤国家主席が会談した。中日新聞に掲載された共同通信の写真は、「胡主席、靖国参拝を直接批判」という記事の見出しとは裏腹にともに満面笑み。これ以上の笑顔はないという顔をしていた。小泉首相がブッシュ大統領との会談で見せるへつらいの笑顔とは別物だった。互いに「ようやくお会いできました」という喜びを表現していた。

二人が何を話したか本当は知られていない。靖国問題や原潜の領海侵犯といった問題に終始していたはずがない。ひょっとしたら、アメリカ抜きのアジア経営をどうするか話していたかもしれない。

多くの首脳会談は双方の政府が発表する内容とは別の話をしている。その昔、外務省を取材していた時、聞かされたことがある。本来、国と国とが仲良くするための会談が、相手を挑発するテーマばかりの応酬であるはずがない。敵対するためならばそもそも首脳同士が会う必要もない。だから双方の政府から発表される内容はあらかじめ政府間で話し合って作成されたテキストに沿ったものでしかないと理解しておくべきだ。

■対中ODAは必要なのか

小泉・胡錦濤会談の翌週、こんどはラオスで小泉・温家宝会談が行われた。会談内容についての日本側のレクチャーでは、靖国問題は直接的には言及されなかったことになっていた。しかし中国側のレクチャーでは「具体的に指摘があった」と発表された。お互いに都合にいいように発表することはこれまでの日米首脳会談でもたびたびあったことだからことさら荒立てる必要もない。

ところが、3日の産経新聞とNHKで、対中ODAに関する真っ逆さまのニュースが報道された。ラオスでの日中首脳会談の内容をめぐり、産経新聞は温家宝首相が「ODAは必ずしも必要としていない」と述べたと報道した。ニュースソースについては複数の日中関係筋とした。

外資による10億ドル級の対中投資が相次ぎ、まがりなりにも中国経済は成長軌道に乗り、中国元の切り上げが国際的に求められるのが中国経済の現状である。大局的にみて中国経済が日本のODAに大きく依存していた時代はとうに過ぎている。

しかし、この時点で温首相が公式にODA不要論を打ち出すと政府内での立場は悪くのになぜそんな踏み込んだ発言をしたのかと思った。そんな感慨で産経新聞の一面トップ記事を読んだら、こんどはNHKが夜7時のニュースで「温首相が、日本政府の責任者からODA打ち切りに関する議論が出るのは理解しがたく、中止すれば両国関係ははじける状況になると日本側をけん制した」と報道したから驚いた。

■日中関係の溝を深める結果

先に述べたように、首脳会談の会談内容について双方の政府発表にニュアンスの違いがあったり、会談内容に差異があったりすることは珍しいことではないが、こうも正反対の報道がなされることは稀である。産経は「温家宝首相がODA不要を通告」と書いたのに対して、NHKは「ODA中止で日中関係がはじける」と報道したのだが、真っ逆さまな記事の内容であるにもかかわらず、どちらも日中関係の溝を深めるに十分な報道だったことは指摘しておかなければならない。

不思議なことに、他のメディアはこの問題についてその後、一切言及していない。対中ODAは、すでに一部の識者から不要論も出ている。「軍拡を進める国にODAはいかがなものか」という論調にうなずく国民も少なくないはずだ。

三重県にいて、日中首脳会議の内容を取材することはほとんど不可能であるが、このところの一連の中国報道、北東アジア報道を見て強く感じるのは、どうやら日中間にくさびを打ち込みたい人間たちがいて、世論に揺さぶりをかけているのではないかということである。

1980年代に、日中蜜月時代があった。鄧小平、胡耀邦、趙紫陽というリーダーたちがこぞって日本と良好な関係を築き、日本側もそれに応えた。その良好な関係は天安門事件を境に一変した。江沢民総書記の登場がそのきっかけだった。不思議なことに日本経済の失われた10年か江沢民総書記の時代とそっくり重なる。

その江沢民時代が終わり、鄧小平の直系といわれる胡錦濤総書記に代わり日中関係が好転する兆しが現れていた。そこに東シナ海の海洋権益問題や中国潜水艦の領海侵犯問題などが相次いだ。資源の問題はともかく、今の時点で日中双方にとって関係をことさら悪くしなければならない環境にはない。

マスコミはニュースソースがどういう意図で情報をリークしているのかもっと慎重に検証する必要がある。残念ながら、報道に関わる人々はそんなことまで考えなければならない時代になったと言わざるを得ない。