球界を閉鎖系から開放系へ(4)「長嶋ジャパン」五輪出場資格は?
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
アテネ五輪に出場した団体競技の日本代表で、野球ほど人気と関心が高かったものはない。全員プロ選手で編成した五輪代表チームは、野球では初めてだった。プロの出場が認められたシドニー五輪では、代表チームはアマ(社会人、大学生)とプロの混成チームだった。
長嶋茂雄監督は五輪前に病気で倒れたが、監督交代はなく、代表チームは長嶋監督不在の「長嶋ジャパン」として本番に臨んだ。目標の金メダルには届かず、銅メダルに終わったが、TVは全試合を生中継し、新聞も連日のように大きく紙面を割いた。
ところで、長嶋ジャパンこと、野球の日本代表チームは、五輪出場資格があったのだろうか。メディアはそんな疑問には一言も答えてはくれない。「アプリオリ」的に出場資格はあるという前提で報道していた。
はたしてそうだろうか。所属する競技団体の分裂のため五輪出場が危ぶまれ、最終的にはJOC(日本オリンピック委員会)の「超法規的措置」によって出場を認められた、テコンドーの岡本依子選手(シドニー五輪銅メダリスト)のケースを振り返ってみると、どうしても先の疑問が頭の中をよぎってしまう。
五輪出場までの手順は、簡単にいえばこうである。JOC加盟の競技団体がある。各団体に所属する選手(チーム)が予選を勝ち抜いた場合、あるいは標準記録を突破した場合、各団体はJOCにエントリーを申請する。JOCはこれを受けて出場を承認する。
JOCは、加盟団体はその競技における国内唯一の統括団体であることを条件にしている。ある競技で複数の競技団体を認めてしまえば、複数の団体からそれぞれ違った出場エントリーが申請され、選考が混乱してしまうからである。
岡本選手は予選を突破したが、競技団体が分裂したままだったため、JOCは、競技団体が分裂騒動を解消し、国内唯一の統括団体に統一しなければ、岡本選手を五輪には派遣できないとの方針だった。しかし、JOCはその後、所轄大臣である文部科学相らの圧力を受けて方針を転換した。
五輪憲章の細則にある、国内に競技団体が存在しない場合は「個人参加」を認めるという例外規定を適用して、岡本選手の派遣を認めた。競技団体の分裂状態を競技団体が存在しないと無理やり解釈した訳である。JOCは五輪派遣の大原則を曲げたことになる。
分裂どころか国内唯一の統括団体が存在しない場合はどうなるのか。通常ならばJOCに加盟できないし、五輪の出場権も得られない。しかし、野球には国内唯一の統括団体は存在しない。アマ側は全日本アマチュア野球連盟(社会人野球を統括する日本野球連盟と学生野球を統括する日本学生野球協会で組織、以下全アマ連盟)があり、全アマ連盟がJOCの加盟団体になっている。しかし、プロ側の日本野球機構は全アマ連盟とはまったく関係をもたないし、JOCの加盟団体でもない。
アテネ五輪に出場した長嶋ジャパンは、アマ側だけの統括団体である全アマ連盟を「身元引受人」にして、JOCとはまったく関係のない日本野球機構に所属するプロ選手で編成された、極めて特異な日本代表チームである。しかし、岡本選手の派遣には大原則を適用しようとしたJOCだが、プロ選手で編成された野球代表には何の異論もはさまなかった。
それどころか長嶋氏をJOCの「エグゼクティブアドバイザー」に就けるなど、積極的に野球の代表チームを後押しした。主要メディアも同じ立場である。野球だけは、特異な日本代表が何の疑問ももたれずにアテネに出場した。
野球はロス五輪(1984年)から公開競技になり、バルセロナ五輪(1992年)で正式競技に採用された。そしてシドニー五輪(2000年)からプロの出場が認められた。五輪の野球ははアトランタ五輪(1996年)までは、アマだけが出場していた。だから、アトランタ五輪までは、アマ側だけの統括団体でも問題はなかった。全アマ連盟自体が、五輪公式競技に採用される際、五輪参加のため統括団体が必要になり、社会人、学生野球団体が結成した組織である。
アマ・プロの混成チームを派遣したシドニー五輪からは、野球界は本来ならばアマ・プロ合同の統括団体を設立し、その団体がJOCに加盟する必要があった。しかし、野球界からはそうした動きはなかった。JOCも参加要件を満たすよう、野球界働きかけることはなかった。
なぜ野球だけがこうも特別扱いされるのか。それは、野球だけは、日本のスポーツ界において、何ごとにおいても特別扱いされるのが当然の「特権階級」だったからである。
【注】全アマ連盟は厳密に言えば、アマ野球界の統括団体とは言い切れない組織です。JOCの加盟団体の要件を満たした団体とも言い切れません。しかし、JOCが全アマ連盟を統括団体と認めた上で、野球の日本代表を五輪に派遣している事実から、今回のコラムでは全アマ連盟を統括団体として扱いました。その辺の事情についても、次回のコラムで書き込むことにします。(2004年9月28日記)
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