執筆者:美濃口 坦【ドイツ在住ジャーナリスト】

米国は戦争であまりたくさんの自国兵士を犠牲にすることができないとか、戦死兵士数がある境界線をこえると米国内で反戦機運が高まるとかいわれる。例としてベトナム戦争がよくあげられる。

少し前、開戦以来の米兵士・死者数が一千人をこえたというニュースが流れた。このときも米国内での風向きがかわることを期待する人がいたが、事態はその方向に展開する雰囲気ではないし、なかなかそうならない気がする。というのは当時と現在をくらべると、状況も相違し時代も変わってしまったところがあるからだ。

■別のタイプの戦争

米国が多数の自国兵士を犠牲にすることができないことからはじめる。この国が過去にした戦争の大多数は国外へ軍隊を派遣する介入戦争であった。戦争理由は、外敵に対して自国を守るとか、領土を拡大するとかいった具体的なことでなく「自由世界の防衛」とかいったことで自国民の大部分には抽象的でピンとこないものであった。(ちなみに、侵入してくる敵軍と戦う国は兵士の命を平気で犠牲にする。)

理由が自国民の眼にはっきりしない以上、兵士の命を犠牲にするのに遠慮がちになっても不思議でない。この国が猛烈な物量作戦・ハイテク戦争を展開するはこの結果である。かってのベトナム戦争はこのような米国の介入戦争の典型的な例であった。

20世紀にこの国が他国に先駆けて熱心に実施したのは戦争宣伝であるが、これも、大多数の自国民に対して戦争の正当性がはっきりしなかったからである。こうして、米国は黙って戦うのでなく(戦争しながら)交戦国を悪者呼ばわりする。このような米国のおかげで、欧州で何世紀も忘れられていた「正戦」という概念が国際社会に復活したといわれる。

米国が過去にした別のタイプの戦争は原住民・インディアンに対する戦いであった。開拓民は自分の家族の安全が原住民に脅かされていると思って戦ったので自衛戦争に近く、ピンとこないことのために戦う介入戦争とは性格が異なる。

第二次大戦中、ヨーロッパでドイツと戦った米国は介入戦争をしていた。ところが、太平洋で日本相手にした戦争はインディアン討伐戦争の延長にあったのではないのか。米国の対独戦争と対日戦争のこの相違について、私は昔日本にいる頃考えなかった。ところがドイツで暮らすようになり大西洋越しにこの国を意識するようになってから、この相違に知らん顔できなくなる。一度、知人の映画評論家は日本兵が米国の戦争映画で「黄色のインディアン」になる点を指摘した。9.11の数ヶ月前に封切りされた米映画「パール・ハーバー」の中でも、(日本の参謀会議が野外の天幕で開催されていた例がしめすように、)日本軍がインディアンと似せて描かれていた。これも彼らの戦争観の反映で偶然でない。

それでは、9.11以来の「対テロ戦争」はどうであろうか。事件直後、多くの米国人が「パール・ハーバー」に喩えただけでなく、自国民の安全が侵されて、また脅かされていると感じている以上、インディアン討伐戦争と同じタイプの戦争ではないのか。とすると、ベトナム戦争の米国と現在の米国とではやっている戦争のタイプが異なることになる。

米国の原住民討伐型戦争は一見自衛のための戦いであるが、外から侵入してくる敵と戦う普通の国の自衛戦争と異なる。というのは原住民は外から侵入してきた敵ではなかった。ピルグリム=ファーザーズの子孫の意識の上ではあくまでも「新世界」の「内なる敵」と戦っていることになる。そのために、米国がこのタイプの戦争をするときには、客観的には外国にいる敵も「内なる敵」になってしまうのではないのだろうか。

例えばイラクで英軍に対するより米軍に対する住民の反感がはるかに強い。こうであるのも、この国が原住民討伐型の戦争をしていて、意識の上で内外の区別が希薄になり文化の異なる外国で自分たちが作戦を展開していることはじめから考えないからである。

ベトナム戦争は内と外の区別が希薄になるタイプの戦争でなく介入戦争であった。だからこそ当時、遠い外国と身近な国内の区別が意識されて、国外で発生する膨大な戦費とジョンソン大統領(当時)の「貧困撲滅」という国内政策の矛盾がより多くの人に感じられたのではないのだろうか。現在イラクで気が遠くなるような膨大な戦費が発生している。このことがベトナム戦争のときほど問題にされていないような気がする。これは現在別のタイプの戦争をしているためではないのか。

■アウトソーシング

少し前ドイツの公的職業斡旋機関がその求人雑誌の中でイラクのモスール飛行場で勤務する警備員をさがしていた。英会話と武器使用能力が採用条件である。広報担当者によると危険な戦闘地域での求人の仲介は特別なことでなく、過去にもアフガニスタンで働く人々が似たように斡旋されたそうである。

組織が今まで内部でしてきた業務を外部に委託することは「アウーシング」と呼ばれる。ここで問題になっているのは「軍事アウトソーシング」で、1991年の湾岸戦争時の米軍で軍務に服す50人のうち1人が民間人であった。例えば、彼らは兵器メーカー社員で技術要員としてメインテナンスなどに携わった。

ところが、今回のイラク戦争ではこの割り合いが10人に1人になる。米軍の民営化率が2パーセントから10パーセントに上昇したことになる。その仕事も技術的メインテナンスに限られず、戦闘という軍人本来の任務と重なる。それどころか、彼らは高い日当をもらい危険な戦闘に投入されるので昔風にいえば傭兵である。今年激戦の3月末から4月はじめの一週間で約80名の警備員が死んだといわれている。今イラクにはこのような民間勤務の警備員すなわち傭兵が2万から2万5千人はいるといわれている。

少し前、私たちは欧米の幾つかの新聞からとんでもない話を知る。それは、アイルランド系米国人ロビー団体幹部の牧師がブッシュ大統領宛に送った抗議の手紙である。彼は、イラクの米軍がでアイギス・ディフェンス・サービスという警備会社に2億9千3百万ドルの仕事を発注したことで憤慨している。英軍退役将校・ティム・スパイサー中佐が社長をつとめるこの警備会社の下で現在イラクでは50社に及ぶ警備会社が活動している。

この牧師がなぜ怒っているかというと、このスパイサー中佐が北アイルランドのベルファストで昔起こった18歳のアイルランド人青年虐殺事件の責任者であったからである。ちなみに、スパイサー中佐は、今まで世界各地の内乱地域で警備会社を率いて活躍した「国際的警備業界」の重要人物である。

民間の警備会社のイラク駐在員が米軍の委託業務を遂行中に死んでも、1000ドルの特別日当をもらっているので、自業自得と考えて同情も覚える人は少ないかもしれない。彼らが死んでも民間人であり兵士でない以上、米軍兵士の戦死としてカウントされない。その死も近親者だけが関心をもつ個人的な死である。この警備員の国籍が米国人であっても祖国のために命を捧げたとは誰も考えない。

私たちはベトナム戦争の頃とは本当に別の時代に住んでいるし、米国社会も変わってしまったのである。

■グリーンカード部隊

去年米軍がバグダッドに入った頃のことである。私がドイツでテレビを見ていると、ドイツ人アナウンサーが米軍兵士の一人に英語で話しかけた。すると、答えがドイツ語でもどってくるではないか。アナウンサーも視聴者も驚く。彼はドイツで生まれ育ち成人後米国に渡って暮らしていて兵士になったとのことで、今でもドイツ国籍であると語った。米軍には、彼のように兵士になった米国滞在外国人が3万7千人もいて「グリーンカード・ソルジャー」と呼ばれる。

イラク戦争中にドイツで報道され、多くの人がショックを受けたニュースがある。それは、戦争開始後最初に戦死した10人の兵士のうち5人は米国国籍をもたない外国人、グリーンカード・ソルジャーで、そのほとんどがラテン・アメリカ出身者であったことである。

戦死者の半分が外国人となると、グリーンカード・ソルジャーが特に危険な戦線に投入されていることになりそうである。282人の米兵士が死んだ2003年8月下旬の統計によると戦死外国人兵士が占める割合が10人に1人まで下がる。3万7千人の外国人兵士は140万の米軍全体の2,6%を占めるに過ぎない。外国人兵士が戦死兵士全体の10パーセントを占めるのは大きい数字である。

それでは、外国人は自分が死ぬ確率が高いのになぜ軍隊に勤務しようとするのだろうか。

その理由の一つは米国国籍が欲しいからである。イラク戦争をはじめる前の2002年7月3日に、ブッシュ大統領は、対テロ戦争に従軍する外国人兵士に米国籍取得するのに便宜をはかることを約束した(http://www.whitehouse.gov/news/releases/2002/07/20020703-24.html)。それまで申請後5年も6年も待たなければいけなかったのが、この結果軍隊に勤務すると半年に短縮される。

外国人兵士の多くはラテン・アメリカ出身で、例えば最初に戦死した兵士の一人であるホゼー・アントニオ・ギテレス海兵隊員(28歳)はグァテマラ人で子供のときに両親を失いスラムで育った。彼は6年前にメキシコから不法入国したが、運良く難民として認定されて滞在許可証を取得。国籍を取得して妹を米国に呼び寄せて自分は大学で建築の勉強をすることが彼の夢であったといわれる。

軍隊に応募する若者のために「今日の軍隊へようこそ」というインターネット・サイトがある(http://www.todaysmilitary.com/index.php)。この英語のサイトはクリックするとスペイン語で読めるようになる。こうであるのは、戦死したホゼー・アントニオ・ギテレス青年のように闇に紛れてリオ・グランデ川を渡って来た人々がお目当てだからである。

このサイトは若い人々にいかに軍隊がよい職場であるかを、また奨学金や雇用の上で多くの特典が得られることをていねいに説明するページである。(若い頃日本で兵役もなく受験勉強さへしていれば済んだ私には胸がしめつけられるページである。)

ベトナム戦争の頃の米国には徴兵制度があった。いろいろな工夫をして徴兵を免れた人がいたかもしれない。でもベトナムのジャングル送りになるかどうかは抽選で決まったので、特定の条件を満たす米国人男性の誰にも訪れる運命のようなものであった。(そういえば、父親のコネでこの運命を免れることができても居心地が悪くアル中になった人もいた。)

アフガニスタンやイラクで戦死したり負傷したりする人々は外国人であるにしろ、軍隊が提供する特典にひかれる同国人であるにしろ、社会的な弱者である。悲しいことに、彼らの死は重視されない。去年イラクよりニューヨークのスラムにいるほうが死亡率が高いと主張する米人ジャーナリスの記事を眼にして私は苦笑するしかなかった。米国社会はベトナム戦争の当時とは別な社会になったのである。

米軍は140万の員数を維持するために毎年20万の新たな応募兵を必要とする。対テロ戦争開始以来志願者の数も、また軍務契約の延長を望む人の数もへる傾向にある。米軍スカウトがメキシコ領土内に入ったり、カナダのインディアン居留地まで出掛けたりして募集活動をして物議をかもす。これも兵員不足の反映である。

このような兵員不足のために1973年に廃止した徴兵制度を復活させる動きがみられる。でも徴兵制度はフランス革命以来の国民国家の根幹であり、一度捨ててまた必要になったといって簡単に再開できるものではない。

おそらくそうならない。米国は、すでに述べたアウトソーシング率を高め、「スズメを大砲で狙い撃ち」するような武力行使のハイテク化によって兵員不足の危機に対処するだけである。この結果イラクの住民の反発が強まり混乱状態が深まるだけのように思われる。
美濃口さんにメールは E-mail:Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de