執筆者:色平 哲郎【長野県南相木村診療所長】

医療制度という多次元方程式は、各方程式の変数が複雑に、しかも時系列で変化するので全体を把握しにくい。
国は、財政赤字削減を最優先。医療費抑制という至上命題で天井を固定し、多元方程式の解を導こうとしている。だが、その反動で負の圧力が地方の地域病院にかかり、命題の設定そのものが崩れそうになっている。
地方の危機は、大きな社会不安を生む。 山村の現場から医療の将来像を考えてみたい。
私が家族とともに暮らす長野県の佐久地方では「佐久総合病院」が地域の中核病院として機能し、その傘下に「小海分院」、さらに私が診療所長を務める「南相木村国保診療所」など村単位に診療機関が配置され、本院、分院、各診療所が相互補完的に役割を分担している。
南相木(みなみあいき)村は人口1300人で高齢化率40%弱。半世紀後の日本を先取りした過疎の村だ。ひとり暮らしの老人も多く、私は時間の許す限り、往診に出るようにしている。
在宅治療ではせいぜい点滴程度まで。専門的な診断治療や精密検査は難しい。急を要する治療ならわざわざ医師が出向くより、患者を医療機関に運んだ方が合理的なのだろうが、あえて往診をするのは、治療もさることながら、独居老人の病状を含めた生活全体を把握する目的があるからだ。
高齢者と対面し、ゆったりと生活のようす、そしてプライドやこだわりまでもを聴き取り、どのタイミングでどんな治療、或いは介入をするか、控えるかを見定める。分院や本院での受け入れ態勢、サポートシステムが十分に整っているからこそ可能な医療実践といえよう。
本院や分院の医師たちもまた往診に出向く。往診は、佐久地方の医療の伝統。地域に医師や看護師、保健師が入っていく。その積み重ねが、長野県の保健指標の高さを支えているとの自負がある。
ところが、分院の近くにあった準公的病院が折からの経営難、そして医師確保の難しさから閉院撤退し、状況が一変した。分院の病床数は20。一方、経営破綻にいたった病院のベッド数は100床。山間部の医療機関としてカバーしていた住民ニーズは小さくはない。撤退が明らかになりその日時が近づくにつれて患者たちが、分院に流れはじめた。
分院の医師たちは、想像を絶する過重労働を強いられた。生死の境にある重篤患者を不足する病床で診ながら押し寄せる外来に対応しなければならない。医療事故が起きないかと冷や冷やした。もはやゆったりとした往診どころではない。大きな不安感と負荷が地域全体に波及した。
その後、佐久病院・分院がこの準公的病院を統合する形で職員を受け入れ、地域の雇用を維持するとともに一時の危機的状況は回避されたが、同じようなことは全国各地で、頻発している。
「病院も市場で淘汰される」と、口で言うのは簡単だが、いきなり病院が潰れてしまって患者の満足度が高まるはずがない。医療機関の少ない過疎地で安全に、安心して暮らすためにこそ不可欠な入院設備を整えた病院が、いま、急速に弱体化している。
かつて「都市対地方」だった病院の生き残り競争が、「地方対地方」の共食い状態に追い込まれつつある。「医師の絶対数不足」「地域による医師の偏在」が、この問題をより一層深刻にしている。
医療費削減という命題に縛られたメディアは触れたがらないが、日本は先進諸国のなかでも医師数がかなり少ない。直近のOECDデータでは、人口1000人当たりの医師数は日本平均で1・9人。欧米諸国は軒並み3人台を確保しており、日本は30カ国中、27位。下位には韓国、トルコ、メキシコだけ……。
逆に人口当たりのベッド数は先進諸国平均の約3倍。つまり大勢の患者を少ない医師が診るのは当たり前、人手不足を補うために「機器を多用する、手薄い医療」が常態化している。しかし都市に集中するメディアは、医師不足を「対岸の火事」としかとらえていない。マーケットの大きい都会には医師が集っており、医師不足を身近に感じないからだろうか。
たとえば東京23区内の医師数は、人口1000人に対して2・95人とほぼ先進国並だ。しかしただでさえ少ない医者が都心部に集中すると地方に回る分が極端に少なくなる。1000人当たり1・5人を切る「危険ゾーン」から脱することができない県もある。
2年前、岩手県一関市で生後8カ月の男児が複数の救急病院で「小児科医がいない」と診療を断られて亡くなった。あの事件を契機に厚生労働省は医療圏に24時間対応できる拠点病院をつくる事業に着手したが、抜本的な解決にはほど遠い。
さらに新人医師の臨床研修必修化が、人気の高い病院への研修医の集中を招き、「医師はがし」「医師引き揚げ」で偏在化は加速。
医師の量的再配置を本気で考えなければならない時期にきている。 目指すべきは「スリムで、しかし手厚い医療」だろう。
たとえばデンマークでは、病院の機能分化を徹底的に行っている。一次医療は熟練の家庭医が担い、患者の満足度が上がるように細かく対応。医療行政の中核である県単位には9つの県立病院があり、国立病院に至っては1つだけ。「公共」が医療を仕切っているデンマークならではの合理的な仕組みだが、日本が学ぶべき点もあるのではないか。
機能分化による病院の合理的配置を行えば「フリーアクセス」という日本の医療のメリットが損なわれるという見方もある。
確かに患者が「○○医院にいい先生がいるから診てもらおう」と、どこの医療機関にでも自由にかかれるメリットは大きい。ただ、それはいつでも行けるところに医師がいるという絶対的条件が整っていてこそである。
医師の再配置は基礎的データを明らかにし、共通の土俵に立って議論されねばならない。地方対地方のサバイバル競争だけが過熱すると、医療過疎と医療過剰の二極化がますます進みかねない。
島根県庁では行政が主体的に動いて医師を確保し、派遣することに1億円以上の予算をかけていると聞く。10年以上の実績積み重ねを経て、同県では確保した医師らが専門医研修に取り組む余裕を持つことが出来る段階にまでに至ったという。
大富豪であれ、一般の庶民であれ、「生老病死」は共通の宿命である。誰もが人間として安心して暮らせる社会をつくることは、市民的公共性の発想なくしては難しい。
もうひとつ重要なのは、医師の量的再配置は医師養成の質的転換と並行して行われなければならないということ。端的に言えば、専門医志向からの脱却。一般医、家庭医の尊重が求められる。
村の診療所には年間100人以上の医学生たちが訪れるが、先日、実習にきた国立大学の学生がこう言った。
「大学の先生たちは大学病院に残れ、病床200以下の市中病院では症例数が少なすぎて、医者として成長しないと言います。でも、大学病院が患者さんをノッペラボウにしている現実を誰も認識していない。僕は、大勢の、顔を持つ、生きている人間としての患者さんに触れることは多くの病気に接することと同様に大切だと思います」
この学生が、とくに倫理観が強いわけではない。彼は、ごくふつうの感覚を持った、いまどきの若者である。このような発言をした背景には大学病院に対する違和感とともに大方の国民の「ニーズ」が、タコツボ化した専門医よりも広く病気を診てもらえる一般医へ向いているという現実認識がある。医師として生き延びる道を、彼は、彼なりに懸命に模索し、こう発言したのだ。
乱暴を承知で言えば、私は、医師の専門性とは二輪車の大型免許のようなものだと感じている。講習を受けて大型免許を取得すれば、操作が難しい大きなバイクを運転できるようになるが、基本的な二輪車の操作は限定解除をしなくても身につけられる。
問題は大型免許を与えることで、免許取得者(専門医)が大型を乗り回せる場所(大病院)でしか働きたくない、と思ってしまっている点だ。常に基本(一般医)に戻る回路を準備するする必要があるのではないか。 国民のニーズに沿った医師養成にもつながるが、医療界の「透明性」の確保が急務だ。その方法として「レセプト開示」を再認識すべきではないだろうか。
不正請求や医療事故と共存しがちな「カルテ改ざん」を防ぐには、個々の患者や家族が予め保険者にレセプトの開示請求を出しておけばいい。医療機関側にとって、医療行為の詳細が単価とともに後日知られる、というのであればカルテ改ざんはやらないだろう。 一部のメディアは、患者側からのレセプト開示請求に対して「医師の同意が必要」「医師に拒否権がある」とまことしやかに伝えているが、これは大きな誤りである。
97年、厚労省は保険者に対して「レセプト開示によって本人が疾病名を知ったとしても本人の診療上支障が生じない旨を確認すること。その際、主治医の判断を求めること」との通知を出した。これを曲解して「医師の同意が必要」「医師側に拒否権」という記事がメディアに載ったが、厚労省の真意は「病名告知を確認したうえで開示」という手続論にあった。
実際に97年度のレセプト開示については「主治医が開示に同意しなかったケースはゼロ」、00年度末までに、率にして0・7%が不開示となったが、開示拒否をした医療機関の多くは当局の摘発を受けている(「レセプト開示で不正医療を見破ろう!」勝村久司編著・小学館文庫より)。 私自身、ある治療に関して保険者にレセプト開示を請求している。現段階では、まだ開示されていないが、今後、どのような対応がなされるか、むしろ気楽に考えて体験しておこうと考えている。
制度は、時代とともに変化する。しかし「人間として人間のケア」に取り組む、という医療の本質は不変不朽であるにちがいない。
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