執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

NHKの海老沢勝二会長と並ぶ日本メディア界の「ドン」であり、プロ野球界の「ドン」でもあった、読売新聞グループ本社会長のナベツネ氏こと、渡辺恒雄氏が8月12日、突如として読売巨人軍オーナーを辞任した。今秋のドラフト有力候補選手へのスカウト活動でルール違反の行為があったとして、この問題の道義的責任を取ったというのが理由である。

■不可解な渡辺氏の辞任理由

しかし、渡辺氏のオーナー辞任の理由ほど不可解なものはない。辞任に関する読売の説明はもちろん、アマ球界も含めた野球界の対応は、不可解なことばかりである。当事者である読売、アマ・プロ球界、それに野球界を監視する立場にあるはずのメディアでさえ、渡辺氏辞任の理由を明らかにするのではなく、事態を可能な限り矮小化しようと、「共同作業」をしているとしか思えないからである。

渡辺氏の読売巨人軍オーナー辞任の理由について、読売は13日付の紙面でこう説明している。

今秋のドラフト自由枠での獲得を目指していた明治大学の一場靖弘選手(投手)を巡り、球団社長、球団代表の許可を得て編成部長が現金200万円を一場選手に手渡した。一場選手への現金授受の事実は、最近になって読売新聞グループ本社に外部から情報が寄せられ、巨人軍に調査を指示した結果、判明した。この問題の道義的責任を取って、渡辺氏はオーナーを辞任した。

読売新聞は、外部から情報が寄せられたとしているが、外部からの情報とは、誰からの具体的にはどんな情報なのか、何も説明していない。さらに、その情報が何故、日本を代表する巨大メディア・読売新聞の最高経営責任者である渡辺氏のオーナー辞任に直結したのか、これについても何も明らかにしていない。

■「たかが野球選手」と「たかが200万円」

読売新聞の説明する渡辺氏の辞任理由は納得できるものではない。記者会見には本人は出席していない。紙面を通して「メッセージ」を伝えただけである。日ごろから饒舌な渡辺氏だが、この問題に関してだけは、沈黙を守り通している。

渡辺氏が推し進めた球界再編に関して「蚊帳の外」に置かれたプロ野球選手会の古田敦也会長が球団オーナーとの直接会談を求めたのに対して、「たかが選手の分際で―」との暴言をはいて会談を拒否した渡辺氏が、「たかが200万円」程度の現金供与でオーナーを辞めるはずはない。

渡辺氏の辞任には、表向きの理由とは別の理由があるのではないか。選手はもちろん、ファンや世論の声を無視して強引に進めてきた1リーグ化、古田氏への暴言を機に巻き起こった「反ナベツネ」「反読売」の世論のうねりは拡大してきた。

渡辺氏に無視された古田氏は、テレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」に出演して選手会の主張を訴えた。連合の笹森清会長との会談を実現させた。笹森氏も古田氏の立場に理解を示した。こうした動きを読売新聞としても無視できなくなったのではないか。

■裏金を認める「内部文書」が存在する

仮に、辞任の直接の理由が「200万円供与」事件だったとしても、ドラフト有力選手への現金供与、裏金の実態は、今回発覚したような大学生への食事代など小遣い程度の供与であるはずもない。ドラフトでの有力選手獲得を巡っての裏金の存在は、プロ野球界の常識にすらなっている。8月17日付朝日は、西村欣也氏のコラム「EYE」で、裏金の存在を認めるプロ野球界の内部文書の存在を明らかにしている。

西村氏はこう書いている。「過去の問題については、01年1月18日の開発協議会で12球団代表に配布された内部文書を読んでいただきたい。 『契約金を1億円+出来高5千万円と申し合わせたが、現実は裏金と言われる金員がかかり球団経営を圧迫する事となった』 多額の裏金の存在を機構内部が認めている文書が存在するのだ」

その上で西村氏は「裏金が(球団)経営を圧迫し、球界再編の流れとなった」と指摘している。

■「調査せず」「過去は問わない」プロ・アマ球界

「200万円供与」に関しては、関係団体に共通する「項目」がある。どの団体も当事者である一場選手への事情聴取は行わず、過去の事実の確認も行わないということである。「加害者」である読売巨人軍は8月16日、新球団社長が会見して、「(過去に)さかのぼって調査することはない」と明言した。

一場選手が所属していた日本学生野球連盟も同日、一場選手と明治大学野球部に対して処分を科さない決定を下した。既に野球部を退部した一場選手も明大野球部も被害者であり、処分の対象にはならない、という理由からである。一場選手に対する事情聴取は行わない。

「被害者」であるアマ球界も沈黙した。裏金の実態を明らかにする意思などまったくないのである。多くのアマ球界の関係者、指導者が裏金に染まっているとするならば、彼らは沈黙するしかないからである。(2004年8月20日記)

成田さんにメールは E-mail:narita@mito.ne.jp スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/

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