「原油埋蔵量神話」の終焉
執筆者:美濃口 坦【ドイツ在住ジャーナリスト】
原油価格が高騰している。原油相場の指標となっているウエスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油の先物価格が1バレル45ドルを越して最高値を連日のように更新している。50ドルを超えるのは時間の問題とみる人も少なくない。もうかなり前から、政治家は地球上のどこかで集まると、原油価格値上がりをぼやき立ち直りかかった景気がポシャルことを心配することにしているようだ。
■ いろいろな原因
現在の原油価格高騰にはいろいろな原因があるといわれる。世界経済が力強く成長するとよろこんだ途端、多くの人に今度はそれが石油需要の増加につながることが心配になってきた。でもここまでなら原油価格上昇が景気の過熱を抑えるので自動調整装置が作動している過ぎない。
世界最大の産油国・ロシアの5分の1を扱う石油大手ユコス社の破綻問題で供給が止まる可能性があること、ベネズエラのチャベス大統領問題、イラクの政情不安定、テロの恐怖などが、原油価格高騰の短期的原因としてよくあげられる。
次に、中国という人口大国の経済成長で石油需要が増大して不足していると油価の値上がりが説明される。「黄禍論」以来中国というと人口が多くて彼らが自分たちと同じことをはじめた途端に物不足になると欧米人は思うようだ。中国は原油の需要で日本を抜いたけれど、輸入量がまだ少ないので中国の責任にするのはかなり酷である。
次にイラクの政情不安定であるが、これは短期的問題に終わらないかもしれない。「戦争終了後」イラクで(一説には)200回以上もパイプライン破壊活動があり、その阻止のために2万人近い監視人と1万人の米軍兵士が常時投入されている。こんな警備体制が中東の油田地帯の日常風景になったら安い原油も不可能なる。イラク戦争も、またその後の米連合軍の占領も、アラブのテロリストに目標を油田施設に切り換えさせただけではないのか。(こちらのほうが防ぎにくいし、ビルに飛行機でぶつかるほど騒がれないかもしれないが、ボディブローのように持続的効果を発揮する。)
■市場で根強い先高観
今までは原油価格が上がってもサウジが増産してくれた。かなり前にワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者はその著書の中で米駐在サウジ大使が懇意のブッシュに大統領選挙の前に原油増産にを約束したと書いて、多くの人がさもあらんと思った。(この「花形ジャーナリスト」はサウジに寄せる人々の期待感に乗っかって噂を流したことになる。)
ところが、市場は(少なくとも今までは)そんな約束が実現する雰囲気でない。それどころか、かえってサウジの増産能力を疑う人が増えている。ということは、今までとは事情が少し異なっていることになる。
例えば、株がさがる発言は絶対慎むはずの国際的証券会社ゴルドマン・ザックスのジェフ・キューリー・チーフ・ストラテジストまでもが「石油はたっぷりあっても手のとどかないところにある」というイミシンな発言をして市場で根強い先高観を肯定した。
もうかなり昔から、私たちは石油資源がいつの日か枯渇することを知って暮らしている。石油が地球上のあっちこっちに埋まっていて、その全部の埋蔵量の総計を人類の年間石油消費量で割る。その結果、25年とか、40年とか、120年とかいった数字が出てくる。そして、まだ先の話だとか、もうそのときには自分が生きていないとか私たちは考える。
でもここでいわれる「枯渇する」とか「埋蔵量」とかいったことは何を意味するのだろうか。もしかしたら、私たちは厭なこと考えないですますために原油埋蔵量を自分の銀行預金のように考えているのではないのか。この考えは「原油埋蔵量神話」というべきもので、今回の価格高騰に対する人々の反応を見ていると、この神話が終焉に近づきつつあるような気がする。
■「埋蔵量」について
まず「埋蔵量」からはじめる。石油会社・メジャーには、発見した油田の埋蔵量を低めに発表し、その後原油採掘がはじまると、あらためて埋蔵量を上方修正する傾向があるといわれる。こうするのは、採掘された量より新しく発見された埋蔵量のほうを大きくしておくことができるからで、企業価値を「右肩上がり」に見せるためである。
次は産油国政府が発表する埋蔵量である。たいていは、メジャーが発見・開発した油田が国有化されたので、恣意的な経理上の埋蔵量が踏襲されている。
次に石油輸出国機構(OPEC)加盟国は80年代自国生産量の割り当てを増大させるために埋蔵量を拡大した。これは国庫収入を増やすのが目的で財政的必要から生まれた数字である。例えばアブダビを例にとると1987年までは310億バーレルであった埋蔵量が、1988年に突然三倍近くの922億バーレルに増大した。
多くの産油国は毎年原油を採掘しているのに公表した埋蔵量を変えないでそのままにしておく習慣がある。またアブダビの例を取ると1988年から922億バーレルの埋蔵量がすえおかれたままである。
要するに、埋蔵量はかなりあてにならい数字である。今年のはじめ、メジャーのロイヤル・ダッチ・シェル社は長年に渡って原油と天然ガスの埋蔵量を水増ししてきたことを認めて20%下方修正した。その結果、当時会長と担当重役が辞めただけでなく、少し前に米証券取引委員会(SEC)と英金融庁に罰金総額1億5000万ドル(約168億円)の罰金が課せられた。この事件は埋蔵量が恣意的な数字であることを市場に印象づけたので、現在の原油高騰と無関係でないとされている。
■「枯渇する」こと
次は「枯渇する」の意味である。ビールのビンは逆さにしてふれば空っぽになったことがわかる。ところが、油田のほうはそういかない。油田は埋蔵量が残っていて「枯渇していない」状態でも、噴出のし方がだんだん弱くなって採掘量が減り、採掘を続けるために技術的な工夫が必要になる。
たくさんの埋蔵量が残っている油田でもそこからチョロチョロしか出なければ、増大する原油需要をカバーできない。とういうことは、原油の市場価格を考える上で決定的に重要であることは油田の埋蔵量より毎日の採掘量のほうである。
原油価格を考えるためには、あまりコストをかけないで採掘できる普通の石油と、手間ひまをかけて、オイルサンドから抽出されるようなコストのかかった石油を区別すべきである。ちなみに、現在私たちが消費している石油のほとんどは低コスト石油である。
この安い石油を供給する大規模油田は前世紀の60年代までに発見されたものである。私たちは地球上のいろいろな場所で次から次へと有望な油田が発見されていような印象をもっているかもしれない。ところが、前世紀の60年代以降もしくは70年代はじめ以後に見つかった油田はどれも小規模で埋蔵量が小さいとされる。最近では、喧伝されたカスピ海油田も小規模でうまみがないと思って撤退する会社もあらわれているといわれる。
油田は40年ぐらいでその採掘量がピークに達するとされる。すでに述べたように、安い原油とたっぷりと私たちに供給してくれた巨大油田は60年代頃までに発見されたものである以上、地球全体の総原油採掘量がそのピークに達するのは決して遠い未来でなく間近な話である。
中国をはじめアジアで経済が成長し人類全体の原油需要が増大する。それなのに地球全体の総採掘量がピークでこれ以上増えなければ、原油は高くなるしかない。現在の原油価格の高騰は投機的側面があり反落するにしても、このような未来の厄介な問題の予感であり先取りでもある。
■「狼少年」扱い
誰もがいつか安い石油の時代が終わると思っている。人々の意見が分かれるのは、どの程度まで間近に迫っているか、またどのくらいの時間的余裕があるかの点についてである。
悲観主義者は、総採掘量がすでにピークに達しているとか、それが間近であるとか考え今から採掘量が急激にへることを心配する。彼らは中東特にサウジの巨大な油田がとっくに盛りを過ぎたものであると主張する。彼らは厭なことを考えたくない社会の多数派からイソップ寓話の「狼少年」扱いにされがちである。
60年代までに発見された巨大油田から原油が勢いよく出なくなったとしても、ピークに達した地球全体の原油採掘量のほうが急激にへらないと希望がもてる理由もないことはない。その一つは、小規模とはいっても60年代以降に発見された油田も稼動を続けていること。次の点は、オイルサンドなどから手間ひまとコストをかけて得られる石油の生産量が10年前では安価な普通の石油の2%に過ぎなかったのが、現在11%まで増大したことである。
原油価格が高くなり、その結果消費が抑制されて高価格の石油の生産が増大し、また代替エネルギーの盛んになるのなら、まだましである。ところが、価格上昇があまりに急激であるために、安い石油の上に乗っかっている経済・社会体制が反応できずに、混乱状態や戦争状態におちいる可能性がある。それを避けるためには、この問題に眼をつぶり不安をおぼえているのでなく、議論の対象にしたほうがいいのはいうまでもない。そう考えると石油問題での悲観主義者を「狼少年」扱いにするべきでないことになる。
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