松井稼頭央を苦しめる国際標準球場
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
日本人内野手として初めてメジャーリーグ入りした松井稼頭央が苦しんでいる。公式戦初打席で、センター・バックスクリーンに本塁打を放つという、鮮烈なデビューを飾ったものの、売り物であるはずの守備面で期待を裏切り続けているからである。
松井稼が入団したニューヨーク・メッツ(ナショナル・リーグ)は、昨季までの正遊撃手、ホセ・レイエスを二塁手にコンバートさせてまでして、松井稼を迎え入れた。しかし、現時点の守備面での松井稼への評価は散々である。
ニューヨークの大衆紙(ニューズ・デー)は7月28日、メッツは99試合を消化してメジャーリーグ最多となる91個のエラーを記録しており、その原因の多くがメジャー最多の21個のエラーを記録している松井稼にあるとする記事を掲載した。この記事はまた、メッツの最高執行責任者が、守乱の責任を取って内野守備コーチらを解雇するようアート・ハウ監督に提案したところ、同監督はこれを拒否したという、球団人事をめぐる混乱ぶりまで紹介している。
打撃面ではオールスター前後から調子を上げ2割7分台に乗せてきた。盗塁数も次第に増えてきた。しかし、ニューヨークの大衆紙による「バッシング」はいまも止まらない。「二軍に落とすか、トレードの出せ」「日本に帰らせろ」―など、書きたい放題である。
米国の大衆紙が、ひいき球団の不調をかこつ有力選手をこき下ろすことは、よくあることである。しかし、松井稼へのバッシング報道は、異常なほどしつこく続いている。松井稼への期待の裏返しの反応なのだろう。
松井稼は、日本を代表する名遊撃手としてメジャー入りした。「オズの魔法使い」とたたえられたオジー・スミスのような華麗なプレーを期待されていた。しかし、松井稼はそう簡単には「魔法使い」になれない理由がある。メジャーリーグと日本の球場の違いである。
メジャーの球場は、少数の人工芝球場を除いて内野は芝で覆われている。この形状はメジャーだけではない。世界中どこの国の球場もそうである。いわば国際標準球場である。アテネ五輪の球場も例外ではない。これに対して、日本の球場の内野には芝がない。すべて土で覆われている。地方球場はほとんどすべてそうなっている。日本独自の球場である。
プロ野球の球場はいまや、日本独自球場でさえ少数派になってしまった。セ・パ両リーグ12球団の本拠地では、その半数はドーム球場である。ドーム球場の是非ははここでは触れないが、人工芝の球場は9つもある。内野が芝生で覆われている国際標準球場は、オリックスのヤフーBBスタジアムだけである。内野が土である日本独自の球場は数を減らし、現場では甲子園、広島市民だけになってしまった。
松井稼が昨季まで所属していたパ・リーグの球場は、ヤフーBBスタジアム以外はすべて人工芝で覆われている。松井稼が昨季、西武ライオンズで公式戦140試合にフル出場し、試合が各球団の本拠地だけで行われたと仮定した場合(実際は地方球場でも開催されている)、松井稼は、126試合は人工芝の上でプレーしていたことになる。公式戦の半数は本拠地で、残り半数は他球団の本拠地で開催されるからである。
松井稼はメジャーが期待していた「ウイザード」(魔法使い)だったかもしれないが、実のところは「人工芝の上でのウイザード」だった。
松井稼が名手といっても、それは国際標準球場ではなく、打球がイレギュラーしない人工芝の上での名手だった。内野に芝があり、しかも芝の種類も形状も、芝の刈り方もさまざまに違うメジャーの球場では、打球は微妙に変化する。いかに身体能力が高い松井稼でも、すぐに名手にはなれない。松井稼はバッシングに耐えながらもメジャーの球場に慣れるしかない。
日本独自の球場、しかも人工芝全盛のプロ野球で育った松井稼には、宿命ともいえる試練が続く。松井稼の苦悩は、彼一人だけの問題ではない。彼に続く日本人内野手にとっても大きなハンディになる。「日本人内野手は、国際標準球場には対応できない」という評価が固定されてしまえば、メジャーに進出しようとする内野手には、大きな障害となるからである。
プロ野球と国際標準との違いは他にも多くある。ボールの仕様が違う。ストライクゾーンも日本独自のものである。ストライクとボールを数える順番さえ違う。その中でも、選手にとって最も対応が難しい違いは、内野の芝生である。
内野には芝生どころか土さえなくなった球場で、キャリアのほとんどの期間をプレー松井稼はいま、国内だけに封じ込められてきた「鎖国スポーツ」であるプロ野球のハンディを一身に背負って、メジャーリーグで苦しみ、もがき続けている。(2004年8月1日記)
成田さんにメールは E-mail:narita@mito.ne.jp スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
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