執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

参院選が11日終わった。高知新聞は12日付朝刊の社説で「真の勝者は見えない」と書いた。多くの新聞は自民党の「敗北」「苦戦」などを一面の見出しに取ったが、失った議席はたった「1」。公明党は1議席増やしたから与党全体としての議席の増減はゼロ。しかも参院全体の定員が5人減っているから与党の比率は高まっているのだ。単独過半数を取れなかったことは確かだが、安倍幹事長のいう通り数議席程度の減少では「敗北」と呼べないと思う。

目標の51議席に届かなかったことから小泉首相の責任を問う声が出てきたとの論評もあったが、これも論外。これもたった1議席届かなかっただけで責任もなにもないだろう。ニュースキャスターや記者どものワンパターンの報道ぶりにはいささかへきへきさせられるものがあった。

にもかかわらず、与党の“後退”を印象づけたのは民主党が大きく議席数を伸ばしたからだ。今回の参院選で民主党は議席を12増やし、新勢力は改選前の70議席から82議席となった。

確かに民主党は一定の風を受けたといえようが、野党全体を眺めてみると、11議席を失った共産党の議席がそのまま民主に移っただけといえなくもない。民主党を中心とした野党が参院の過半数を占めたのならば「躍進」と威勢のいい見出しをとってもいいだろうが、これでは何も変わらないと言わざるを得ない。

高知新聞の論説委員は今回の選挙に実に冷静な分析をしているということになる。

■おちゃらけ小泉人気の退潮

そうした与野党の勢力分野の分析とは別に今回の参院選が国民に印象づけたのは小泉人気の退潮と岡田民主の台頭ではなかろうかと思う。

小泉首相の人気は簡単に言えば党内の抵抗勢力に支えられていた。旧来の自民党政治を敵に回すことによって自らの“正義”を浮き立たせる手法だった。「自民党をぶっ壊す」発言が象徴していたように国民の多くは政官財の鉄のトライアングルに立ち向かう政治家を欲していたのだ。

就任直後のそういう小泉首相は確かに格好良かった。日本をこれ以上の借金漬けにしてはならないと景気に対しては国民に「我慢」を強いる一方で、高速道路公団と郵政の民営化を掲げ本格的な構造改革路線を打ち出した。外交面では北朝鮮との国交回復を目指して自ら平壌に乗り込んで金正日総書記とのトップ会談を敢行した。

内なる抵抗勢力を敵に回しながら、外に向かっては自主外交を打ち出したのだから内外の注目度は突出した。その勢いがなくなり、改革の方向性を修正せざるをえなくなった分水嶺はどこにあったのか。筆者は2002年9月17日だったと考えている。金正日総書記とのトップ会談で「東アジアの安定」に独断で乗り出すことで、アメリカの虎の尾を踏んでしまった。表面化はしなかったものの、小泉首相はブッシュ政権から強烈なアッパーカットを食らったはずだ。小泉首相は外交政策を180度転換させ、対米追従はその時まさに始まる。

アメリカのアッパーカットにより、体力を失い、思考回路を断たれた小泉首相が陥ったのが悪評高い「丸投げ」という陥穽である。役人にとって政治家の丸投げほどありがたいものはない。

最悪の結果をもたらしたのは「年金改革」である。本来5年に一度義務付けられている年金の見直し作業でしかないものが、いつの間にか「改革」となり、負担増と給付減が参院選の命取りとなった。今の日本の金利、経済成長率を前提にすればどんな国の年金制度だって成り立たない。年金以前にそもそもこの国の財政が成り立たなっていないのだ。

小泉首相は政策の丸投げを繰り返すによって役人の、特に財務省の思い描く政策地図に次第次第に乗せられていたのである。構造改革を推進していると思っていた小泉首相は、いつの間にか官僚版のウインドウズにフォーマットされていたということなのかもしれない。

そんな小泉首相が到達した境地が「人生いろいろ」なのだとしたら分かりやすい。

■存在感増す融通の利かない岡田代表

一方の岡田代表は鳩山由紀夫と菅直人という民主党生みの親の時代が過ぎて生まれた次世代の代表である。年金未加入騒動のおかげで棚ぼたの格好で党首の座についた。いつも民主党のトップの陰に隠れた暗く引っ込み思案な存在だったが、いやはや地位は人間をつくるというか今回の参院選での各地での遊説ぶりはなかなか堂に入っていた。存在感を増したというのが大方の印象だ。

小泉首相と好対照の真面目な人柄が逆に国民に受け入れられたのだと思う。生まれ、学歴、財力など考えてみれば岡田氏ほど恵まれた経歴を持っている政治家はいない。父親はイオングループ総帥の岡田卓也氏。東大法学部を卒業後、通産省を経て衆院議員となった。典型的なエスタブリッシュメントの一人である。

それでもってごう慢さが見られない。裁判官出身で堅物で通っていた江田五月が自分のことを棚に上げて「これまでの政治家とかなり違って、融通無碍にとかいうのが全然ない」と表している。「人生いろいろ」とちゃかす小泉首相の対抗軸として、「融通がきかない」岡田代表こそが国民受けするキャラクターなのかもしれない。トップになったとたんマイナスだった性格がとたんに輝き出すということはよくあることだ。

付け加えれば、三重県選挙でいえば、日本最大の流通業となったイオングループは政治で初めてといっていいぐらいの存在感を示した。

故竹下登氏が生前言っていたそうだ。「選挙で資金協力を断った新人候補者は後にも先にも岡田だけだ」。金の心配がない政治家ほど怖いものはない。今回の参院選での最大の収穫は民主党代表としての岡田克也氏の台頭かもしれない。

おもしろくないと宣言した参院選だったが、真の勝者は岡田代表だったのかもしれない。