執筆者:仲津 英治【台湾高速鐡路公司勤務「地球に謙虚に」運動主宰】

台湾高速鐡路公司勤務 仲津英治「地球に謙虚に」運動主宰者 台湾高速鐡路公司(略称=台湾高鉄)は、台北と高雄間350キロ弱を結ぶ高速鉄道を、2005年秋の開業を目途に建設中である。台湾高鉄の発注先企業は、国内だけでなく、世界各国にまたがっている。従業員も国際色豊かで、台湾高鉄を例にとれば、その所属国は20カ国以上になるという。社内公式言語は、中国語と英語である。社内会議も英語が主だ。英語を母国語とする人たちは極めて有利であろう。中でも英国人の多さには驚かされる。
鉄道人である私の感覚では高速鉄道は、高度の知識、技能を持ちかつ熟練したスタッフによって建設、運営されないと上手く機能しないと認識している。
もちろん台湾高鉄には時速200キロ以上の鉄道を建設、運営している独鉄道、仏国鉄出身の専門家も勤務している。彼等の存在は理解できる。しかし英国は組織としても個人としても高速鉄道の経験をあまり有していないのである。
然るに英国人スタッフが多く、しかも主要な任務を担っている。また英語ができる旧英国植民地出身のスタッフも同様に活躍している。彼らも高速鉄道の経験は積んでいない。 なぜ英国人が自ら経験のあまり無い高速鉄道関係の仕事に従事できるのか。今回の仕事に事実上3年前から関わっている私の結論は、一言で言うと「ルール」である。
日本の台湾新幹線(株)が台湾高鉄から発注を受けている対象は、高速鉄道の主体を成す電車、電力システム、信号保安システム、通信システムなど、新幹線でも中枢に当る部門である。その契約書は、欧州の高速鉄道を前提として記述されている。そこには適用されるルール=規格、規則、標準等が明記されている。曰くEN(欧州規格)であり、曰くDN(ドイツ規格)であり、曰くBS(英国規格)そしてISO(国際標準機構)などである。米国の規則なども多く既述されている。JISも表記されているが、残念ながらわずかなウエイトしか掛けられていない。
具体的事例を挙げると、1年半前に韓国の地下鉄で発生した大列車火災事故の後、台湾高鉄が拠り所として求めた規則は、BS6853という英国の鉄道車両防火規格であった。この規格は鉄道車輌一般の防火、耐火基準を規定したものである。
私が体験した事例では、RAMS(信頼性、有用性、保守性、安全性)の解析手法のひとつにHAZOP(HazardOperabilityAnalysis)がある。鉄道運営経験の無い台湾高鉄は監督官庁から、高速鉄道の安全性を証明する手段としてHAZOPの適用を求められている。これらも英国人が生み出した手法である。HAZOPは人手と時間がかかる問題点を有しているが。
日本の新幹線は開業以来40周年を迎えるが、この間お客様の死傷事故はゼロであり、平均遅延時間は1分を軽く切っている。世界一安全かつ正確な高速鉄道であると誰しもが認めてくれるであろう。
一方英国の鉄道は事故が多く、遅れもひどいが、ルールは一応しっかりしている。英国人はこのルールを世界の平均的なレベルで通じうるものにし、それらを広めていく手法を考え出すのが実に上手いと言える。高速鉄道の経験が無くても、情報を収集し、共通化できるものをまとめ、一定のルールに仕立て上げていくのだ。そして世界中に広める。これは当然彼等の雇用の維持拡大に繋がって行く。
国際競争の激しい輸出入ではこれらルール(規格、標準など)が勝負を決めて行く。品質管理の部門ではISO9000、環境部門ではISO14000が有名な例である。最近前述のRAMS手法も鉄道車輌の安全性を証明する手段として国際標準化されたと伺った。日本の企業はこれら標準を満たしていないと輸出ができないから、これまた必死の努力を重ねて行く。日本の産業界が血と涙と汗を流すことになる。
英国はかつて大英帝国と呼ばれ、世界の七つの海を支配し、日の没せざる国とも言われた。その世界帝国を支えたのは海軍であった。今や欧州の一国になった英国ではあるが、外交力はかなりのものである。その外交力を支えるのは英国人の一人一人であり、その外交手段の一つが「ルール」である。
ルールの制定、改善発展には情報が欠かせない。その情報収集に関し、英国はかつての植民地、アジアであれば、香港、シンガポール、インドなどの国々を、英語を駆使して大いに生かしている。旧植民地諸国と連携を保ち、交友関係を維持発展させつつ、したたかに生きる英国という国の存在に学ぶべきものが多いと感じるようになった。そして世界共通語になりつつある英語を理解し、話せる台湾人の人口割合は、日本人よりかなり高いように思える。(2003年8月JR西日本より出向)

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