執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】

『トリックスターとは、その自由奔放な行為ですべての価値をひっくり返す神話的いたずら者、いわば文化ヒーローとしての道化である。創造者であると同時に破壊者、善であるとともに悪であるという両義性をそなえて、トリックスターはまさに未分化状態にある人間の意識を象徴する。そして、既成の世界観のなかで両端に引きさかれた価値の仲介者としての役割をになう。トリックスターのかもしだす痛快な笑い、諷刺、ユーモア、アイロニーは、多次元的な現実を同時に生き、それらの間を自由に往還して世界の隠れた貌を顕在化させることによって、よりダイナミックな宇宙論的次元を切り拓く、すぐれた精神の技術である。』
「トリックスター」ポール・ラディン他著(昌文全書 1974)より
■右と左のトリックスター対決
現代に復活した保守派のトリックスターであるネオコンに対して、くそまじめな論調で対抗しても勝ち目がない。スルリと身をかわし、笑い飛ばされてしまうだけだ。こうしたワンパターンの論戦に見飽きたところで、気になる存在が現れてきた。丸い体に丸い顔、丸メガネのひげ面、そして目をキョロキョロさせながらジョークを連発させる。日本でもその著書(「アホでマヌケなアメリカ白人」)がベストセラーとなった映画監督マイケル・ムーアである。
コロンバイン高校で起きた銃乱射事件から米国での銃犯罪に取り組んだ映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」で2003年の米アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞し、その授賞式では「ブッシュ大統領よ、恥を知れ!」を連呼した。この映像からはまだまだトリックスターには程遠いと感じるが、映画を観る限りにおいてはその素質は十分にある。
現在ムーアは最新作『華氏911(Fahrenheit911)』の公開を目前に控えている。この映画はブッシュ家とビン・ラディン家の親密な関係を暴くもので、2001年10月に書いた拙稿「ニュー・グレート・ゲーム」の世界が映像で描かれているようだ。しかし、5月5日に各社が報じた記事によれば、親会社であるウォルト・ディズニーが、この映画に出資し配給する予定であった傘下のミラマックスに対し、圧力をかけ配給を阻止している。
■マイケル・ムーアとカトリック
さて、アカデミー賞の授賞式の最後にブーイングが鳴り響く中、マイケル・ムーアは次のように語っている。
「ローマ法王やディキシー・チックスが反対しているからには、おまえの命運もこれまでだ。」
ディキシー・チックスは、保守的なカントリー・ミュージック界にあって、ブッシュ批判を繰り広げて話題を集めた女性3人組の人気グループである。長年にわたってカントリーも幅広く聞いてきたが、音楽業界の分裂は別の機会に書いてみたい。
ここではムーアがローマ法王を口にしたことに注目してみたい。
1954年にアイルランド系カトリックの家に生まれたムーアは、神学校に通いながら神父を目指していた。現在でも敬虔なクリスチャンであり、月刊PLAYBOYとのインタビューでは「おい、ブッシュ、世界を返せ!」の執筆中に突如神が現れ、「私が代わりに書く」と言われたと応えている。やはりここにブッシュ大統領との共通点も見出せて興味深い。
当初『華氏911』に出資を予定していたのが、メル・ギブソンが設立した制作会社アイコン・プロダクションズであった。しかし、昨年5月に突如アイコン・プロダクションズは出資を取りやめ、代わりに出資合意したミラマックスに対して保守派は強い批判を行ってきたようだ。つまり、超リベラル派カトリックであるマイケル・ムーアと超保守派カトリックであるメル・ギブソンとの協調と分裂が生じていたことになる。
■『パッション』と『華氏911』
映画『パッション』によってキリスト教右派に歩み寄ったメル・ギブソンは、クリスチャン・コアリションが大統領選に向けて今年9月24日、25日に開催する「ロード・トゥ・ヴィクトリー2004」にもブッシュ大統領やパット・ロバートソンやカール・ローブなどと共に招待されている。今やキリスト教右派のヒーローになったようだ。全世界的な規模で邁進し続けている『パッション』に対して、『華氏911』は公開すら危ぶまれている。
ウォルト・ディズニーが圧力をかけたとの記事は瞬く間に世界中を飛び交うことになるが、実際にはすでに昨年5月にウォルト・ディズニーから配給しないとの決定がムーア側に伝えられていた。『華氏911』は5月12日から始まるカンヌ国際映画祭のコンペティション作品にノミネートされているが、この時期に敢えてこの問題を取り上げたのは、カンヌに向けた人目を引くためのPR・スタントであった。ここにムーアのトリックスターとしての真価が見てとれる。
この映画で注目すべき点は、ブッシュ家とビン・ラディン家のさらなる深部としてBCCI(バンク・オブ・クレディ・コマース・インターナショナル)・スキャンダルが描かれているかどうかであろう。もし描かれていればマニアックなファンを獲得できるかもしれないが、真相に迫れば迫るほど欧州での公開も危ぶまれることになる。
ただし、BCCI・スキャンダルの真相を追求し、報告書にまとめ、2001年9月26日の銀行住宅都市委員会で「ビン・ラディンはBCCIに複数の口座を持っていた」と証言したのが、ブッシュと激戦を演じるジョン・ケリー大統領候補である。
ブーメラン効果で民主党人脈に飛び火し、かなりの痛みをともなう可能性もあることから極めて可能性は低いが、BCCI・スキャンダルの真相を知るジョン・ケリーとマイケル・ムーアの映画が戦略的に結びつけば、ジョン・ケリー大統領も夢ではない。この戦略には米・欧にまたがるグローバル・ビジネス・リアリストへの配慮も含まれている。 問題となるのは、ムーアがトリックスター的な性格を忘れ、くそまじめな映画になっている場合、特に米国南部・中西部のバイブル・ベルトではブーイングで迎えられ、どこかの国のようにバッシングが吹き荒れ、自作自演や陰謀とのレッテルを貼られ、完全に無視されることになるだろう。
■日本の宗教週間での出来事
小泉首相は5月2日午後に品川プリンスホテル内の映画館で映画『パッション』を鑑賞している。
また安倍晋三幹事長は4月29日(日本時間30日)、ネオコンの影響が強いアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)で講演し、ネオコンの首領でありキリスト教右派とユダヤ系米国人を結びつけたアーヴィング・クリストルに対して深い尊敬の念を表した。
一方、民主党の菅直人代表は5月3日午前(日本時間3日夕)、バチカン諸宗教対話評議会議長のフィッツジェラルド大司教とローマ市内で会談し、翌4日午前(日本時間4日夕)にもバチカンの「正義と平和評議会」議長のマルティーノ枢機卿と会談している。
半年前であれば菅代表のバチカン訪問もコラムで大きく取り上げたかもしれないが、国民年金保険料の未払い問題で未納三兄弟だとこき下ろした直後に、自らも串刺しにされ、なんともしらけた訪問となった。
石破茂防衛庁長官(プロテスタント)、麻生太郎総務相(カトリック)など宗教色も豊かな未納大兄弟達が、「米国の保守革命」のテキストに基づいて呪文のように繰り返した「自己責任の原則」をお笑いのネタに変えてしまった。
右派系グラス・ルーツ団体を大同団結させた「水曜会」主宰のグローバー・ノーキストの著書の翻訳タイトルは『「保守革命」がアメリカを変える』である。「米国の保守革命」がまわりまわって、福田官房長官に始まる政治家の辞任会見を引き起こしたのはなんとも皮肉な結果である。
おとうとおもいのノーキスト兄ちゃんは、じぶんがいちばんのじなんたちを苦々しく見ていることだろう。

□引用・参考・資料
DisneyForbiddingDistributionofFilmThatCriticizesBushhttp://www.nytimes.com/2004/05/05/national/05DISN.html?ex=1084334400&en=89983012bdce5ec0&ei=5062&partner=GOOGLE
MooreadmitsDisney’ban’wasastunthttp://news.independent.co.uk/world/americas/story.jsp?story=518901
DisneysaysMichaelMoorerowis’PRstunt’http://film.guardian.co.uk/news/story/0,12589,1210805,00.html
米政権批判映画の配給拒否 ディズニー、傘下に圧力
http://www.sankei.co.jp/news/040506/kok037.htm
ディズニーがマイケル・ムーア新作の配給を妨害
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2004/05/post_1.html
オスカー賞授賞式での、僕のスピーチに対する反響
http://terasima.gooside.com/morre030407speechaward.htm
MichaelMoore-Biographyhttp://movies.yahoo.com/shop?d=hc&id=1800064216&cf=biog&intl=us
AnswersPlease,MrBushhttp://www.commondreams.org/views03/1006-11.htm
新刊をひっさげたマイケル・ムーアに直撃インタビュー「ブッシュは連続嘘つき魔だ。彼はもう終っている」
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/michaelmoore2.htm
RoadtoVictory2004
http://www.cc.org/rtv/
TheBCCIAffair
http://www.fas.org/irp/congress/1992_rpt/bcci/
JapanandtheUnitedStatesin2004ByShinzoAbehttp://www.aei.org/news/newsID.20399,filter.all/news_detail.asp