執筆者:中野 有【ジョージワシントン大学客員研究員】

イラクの日本人人質問題と、北朝鮮の列車爆発事故のニュースに接し考えさせられる。ブッシュ政権から見れば、イラクも北朝鮮も「悪の枢軸」である。でも、アメリカは、世界のどの国よりもフセイン政権の圧制に苦しむイラク人を解放するために先制攻撃をしかけ、北朝鮮に対しては、爆発の火傷を負った人々への人道支援を表明した。
悪の枢軸というレッテルを貼って軍事介入を行うアメリカも、たとえ不法国家であっても困っている人々に救いの手をさしのべるというのもアメリカである。政治や戦略といったアメリカの国益に則った活動だと冷めた目で見ればそれまでだが、それ以上にアメリカの価値観や宗教観といったものが存在しているように思われる。約4億円のアメリカンフットボールの契約金を蹴ってアフガニスタンで戦死したテルマン選手の例は、極端な例であろうが、自由というアメリカの価値観を護るために命を懸けても戦うというアメリカの美徳がそこに見られる。
アメリカには、現在の泥沼化するイラク戦の状況において、国が困っているときに、市民が国や世界のために貢献しようという、個人主義を原点とした理想がある。イラクで、戦争の犠牲になったストリートチルドレンの救済を、国や組織に属さず個人の資格で行なった高遠菜穂子さんの活動は、アメリカのメディアのみならず世界の注目を集めた。しかし、日本では、自己責任論が唱えられ、世界で最も危険な地域に地球益のために活動した高遠さん等の活動は評価されないようである。
日本社会は、異端を集団的に排除する傾向が強い。だが、圧迫されるほどマグマが噴火するように開放感を持って、国益を越えた地球益のために貢献しようという人材が輩出されることもある。きっとイラクで人質になった日本人に共通するのは、日本の閉塞感をバネにして、世界が驚くほど理想を持って活動した点であろう。彼らの活動は、NGO(非政府団体)というよりNGI(非政府個人、Non-GovernmentalIndividual)であろう。
イラクや北朝鮮の問題を本質的に解決する時は、国が中心となる軍事的関与や復興支援でなく、個人の意志で平和に貢献するという活動が奔流となった時であろう。国交がなくとも、日本海を越えて、北朝鮮の列車爆発事故の救援のために行動する日本人が増えることにより、北朝鮮問題が大きく進展するであろう。人と人との交流を通じ、北朝鮮の核問題も拉致問題も解決されると信じたい。
自己責任論を主張する層と、北朝鮮の拉致問題を中心に北朝鮮への強硬姿勢を示す層が妙に一致しているようである。アメリカの保守層と日本の拉致問題や北朝鮮の脅威論でミサイル防衛構想を唱える層も一致する。しかし、高遠さんらのNGIの活動に対し、ニューヨークタイムズやワシントンポストをはじめ、知る限りではアメリカのメディアのみならず、世界が勇敢な日本人の行動を支持している。自己責任論に関しては、「日本の常識は世界の非常識」という名言が当てはまるようである。
ごく少数ではあるが、日本の閉塞感を反面教師として世界に翔る地球理想主義の台頭は、イラク問題や北朝鮮問題解決の突破口として大きな役割を担う可能性はある。島国的いじめの社会から発生するマグマと個人でも世界を変えるという大いなる理想が、時勢に一致した時には、国や国連といった集団的な活動を超越するパワーとなろう。世界で最も危険な地域へ、宗教的、イデオロギー的、歴史的、文明的対立も物ともせず、紛争の犠牲になった人々を助けるという、そんな純粋な地球市民としての活動こそ、イラク戦の袋小路から抜け出し、北朝鮮問題を解決する、調和を重んじる東洋の知恵となるのでないだろうか。そこで、NGIやNGOの活動、ひいては地球平和部隊の活動が、期待されている。
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