執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

この国ではいつも、何か事がある度に、『超法規的措置』によって、問題を決着させてしまう。問題を解決させるのではない。問題の本質をえぐりだし、最終的な解決に至らせようとはしない。問題は常に先送りされ続ける。1990年代の『失われた10年』にしても、そうだった。

韓国発祥の格闘技であるテコンドーの、競技団体分裂によるアテネ五輪代表選手派遣問題とその決着への経緯は、問題を解決させるのではなく、決着させるだけの、この国の問題先送り体質を顕著に示す例になった。

シドニー五輪銅メダリスト・岡本依子選手の五輪派遣問題で、日本オリンピック委員会(JOC)は4月5日、岡本選手を個人資格でエントリーする方針を決めた。「五輪憲章は、国内競技連盟(NF)が存在しない場合、例外として個人エントリーを認めており、JOCの竹田恒和会長は、未承認の2団体が対立している日本には競技団体が存在しないと解釈した」と4月6日付毎日新聞は報じている。

対立する2団体の統一なしには五輪に選手を派遣しないという立場を取ってきたJOCは、4月1日の記者会見でも、「国内には競技団体があり、個人資格でのエントリーは五輪憲章違反になる」との見解を示し、2団体に対し統合するか解散するかの判断を求めていた。JOCの決定は、『超法規的措置』によって岡本選手の五輪派遣を認めただけで、問題の本質に対する解決策を先送りにしただけである。

テコンドーの五輪派遣をめぐっては、2つの本質的問題がある。1つは競技団体と選手との関係の『倒立性』であり、もう1つは政治家と競技団体との『相互依存性』である。いずれも、日本のスポーツ界が抱える本質的かつ根源的な問題である。

スポーツは誰のためにあるのか。第一義的には選手本人のためにある。第二義的には選手のパフォーマンスに喜びを見いだすファンのためにある。競技団体は選手をサポートし、ファンとの関係を仲立ちするためにある。

こんな当たり前の関係が、この国では成立していない。選手と競技団体との関係が倒立している。競技団体とその役員は、選手の上に立って指導する立場であると考えられている。競技団体の中では、選手は個人としては、あるいは一人格としては、ほとんど無視された存在である。

競技団体の意思決定は理事会で行われる。しかし、日本では現役選手の理事枠をもつ競技団体など聞いたことがない。日本陸連や日本水連にしても、現役選手の理事はいない。選手をサポートするために存在する競技団体の意思は、選手とは無関係に決定されている。

この倒立した関係の最たるものが、テコンドーの岡本選手と、分裂したまま抗争を続ける2つの競技団体である。彼らは何のために、誰のために競技団体は存在するかという、最も大事な前提を無視したまま対立している。2002年9月の釜山アジア大会への選手派遣は、団体間の抗争によって見送られた。

スポーツ関係者の間では、「選手は競技団体の『財産』である」という言い方がよく使われる。この言い方とその元になる考え方自体に問題がある。選手は財産ではなく、競技団体の主体でなければならない。選手を競技団体の財産だと考えたとしても、彼らは貴重な財産をよってたかって食いつぶしている。五輪銅メダリストの岡本選手は、マイナー競技であるテコンドーにとって、この国での競技の普及・発展を図るための、ほとんど唯一の財産である。

競技団体はまた、政治家との相互依存性を強くもっている。テコンドーは全日本協会と日本連合に分裂している。このうち多数派である全日本協会の会長には、衛藤征士郎代議士(自民)が就いている。衛藤氏は、五輪代表派遣の決定権をもつJOCを所管する文部科学省の河村建夫大臣に対して、競技団体分裂問題とは関係なく岡本選手を五輪に派遣するよう要請している。

この要請は、河村大臣から、「岡本選手の派遣と組織一本化は切り離すべきだ」との発言を引きだした。この大臣発言がJOCの方針変更に大きく影響したことは明らかである。衛藤氏の政治力がJOCの『超法規的措置』を引き出した。

テコンドーに限らず、この国の競技団体の多くは、政治家を会長職に就けている。中央の団体なら国会議員、地方の団体なら県議や自治体の首長である。政治家を会長職に就けない競技団体は例外的でさえある。政治家と競技団体との関係は長く、そして根深いものがある。

政治家は、競技団体とそこに所属する現役・引退選手の知名度と、上の立場にある者の命令には逆らわない『上意下達』的組織を最大限、選挙に利用する。各種選挙において、競技団体は、保守系政治家の『集票マシーン』になる。建設業界や農協組織など従来の集票マシーンが解体状況に陥った現在では、競技団体は政治家にとって、それぞれの婦人部組織とともに、より重要な集票機能を果たす存在になっている。

競技団体はまた、政治家に対し、補助金など公的支援や大会運営に関する仲介、便宜を期待する。公的支援なしには競技は運営できない。大会運営や選手の育成・強化にも国と地方公共団体の支援が必要である。どの競技団体でも、役員の中には政治家との『パイプ』役が存在する。そして、彼らが政治家との付き合いを通して競技団体の実権を握ることになる。

テコンドーの五輪代表選手派遣問題では、国会議員である衛藤氏は、文部科学大臣を通してJOCに圧力をかけるのではなく、分裂した組織の統一に彼の政治力を使うべきだった。しかし、衛藤氏は本来とは違う目的のために政治力を使ったのである。

この国のスポーツ界は、選手と競技団体・役員との関係の倒立性、そして競技団体と政治家との相互依存性を正さない限りは、本来の主役である選手とファンのために存在する、透明性をもった組織に生まれ変わることはできない。(2004年4月11日記)

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