日本はノンバイオレンスを貫くべきである
執筆者:中野 有【ジョージワシントン大学客員研究員】
アメリカのテレビでもイラクの日本人人質のニュースは、ライス大統領補佐官の公聴会での証言に続き注目されている。犯行グループは、自衛隊の撤退を要求しているが、日本は、この難局にどのように対処するのか。国や会社の指示でなく、自分の意志で世界で最も危険な地域に乗り込み平和活動に従事する勇敢な3人の無事を祈らずにはいられない。
3日以内に行動しなければ、3人の命の保障はない。概して、問題解決には、外交的か軍事的の2者択一であろう。テロ組織が絡む人質救出に関し、一切の妥協をせず軍事的救出作戦を敏速に実施するというのが、平時における世界の主流であろう。しかし、今回は戦争という非常時における人質事件である。特に、米軍のモスク攻撃という特殊事情の直後の日本人人質事件である。
昨今のイラク事情は、「目には目を、歯には歯を」のハムラビ法典そのものである。報復が報復の触媒となり、戦争の大義も本質的理由も失せてしまうほど、攻撃的であり、物質的である。一神教の兄弟喧嘩は、泥沼化するのみである。この流れを断ち切る東洋の知恵を捻出しなければいけない。
人質救出にあたり西洋的価値観では、軍事作戦となるが、東洋の価値観では、「ノンバイオレンス」という調和による交渉もあろう。ガンジーなら、マンデーラなら、ノンバイオレンスの道を模索し、実践するだろう。ノンバイオレンスとは、決して「一人の命は地球より重い」といった考えでなく「暴力を否定し、命を懸けてもても平和や自由を勝ち取る」という思想だと思う。命を懸けても、国益や地球益のためにやり抜くという考えの人は少なくないと思う。
日本人の命を守るために一旦派遣した自衛隊を、武装グループの要求に屈し、引き揚げたとなると世界の笑い者になるという見方もあろう。米国の犠牲者は600人を越えているのに、日本人の命は特別だとの考えは成り立たない。
しかし、敢えてはハムラビ法典的な流れを断ち切るためにも、一時的にも自衛隊を撤退することも検討したら如何であろう。世界から弱腰との屈辱も批判も受けるであろうが、今がクライマックス的ターニングポイントであり、軍事的関与では決していい結果は生み出されない。米軍の軍事作戦で救出が成功しても、米兵が毎日のように殺されているようにいつか再び危険な状況が訪れよう。
ジョン・ケリー大統領候補は、仮に大統領だったら1週間以内で国連の本格的な関与を取り付けアメリカの単独主義を修正すると述べている。事情は異なるにせよ、スペインをはじめかつてのイラクへの好戦国もブッシュ政権の戦争関与政策の限界を指摘している。ブッシュ大統領の支持率も急激に低下している。国務省に勤務した友人は、ブッシュ政権の外交政策を米国の外交政策と考えるなと忠告をしている。
日本はイラク戦の開戦前に、ブッシュ政権に対し「待てば海路の日和あり」と述べ、フランス、ロシア、ドイツの協力を取り付け、国連やNATOの関与を深め、日本の外交手腕を発揮できるチャンスはあった。ワシントンでも日米同盟の役割とは、米国の死角となるところを埋めるところにあるとの指摘も聞かれる。米国の死角とは、アラブの気質を理解できなかったことであろう。何よりも人質になった日本人は、自衛隊派遣に反対した日本人である。日本の意思により、報復の泥沼化から抜し、平和への流れを生み出す好機は、ノンバイオレンスを実践することから生み出されよう。
もう既にサダムフセインが予測したとおりのイラク、アメリカ、世界の悲劇が起こっている。米軍の存在により分断が生まれたと同時に、イラク国内の反米という統一も生み出されつつある。イラク人によるイラクの民主化による国家建設は、ノンバイオレンスが鍵となろう。軍事的救出作戦か自衛隊一時的撤退のどちらが正しいか、答えは簡単に出ない。しかし、調和や和の精神という東洋思想なしでは、報復が報復を呼び起こす悪のサイクルから抜け出すことはできない。今、行動を。
中野さんにメールはE-mail:tnakano@gwu.edu