執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

日本は本当に不思議の国である。内部では激しく競争しながらも共通の利益を追求する、ある業界団体の最有力構成メンバーが、あからさまな利敵行為に走った。しかし、この利敵行為に対して、業界内部の人間は、すべて口を閉ざしたまま黙り込んでいる。そればかりか、業界を統括する団体まで、この利敵行為に加担している。消費者の利益を代表して業界とその構成メンバーを監視する立場にあるはずの、新聞・TVなど主要メディアも、最有力メンバーに遠慮しているのか、批判を自己規制している。

判じ物のようなたとえ話は好きではないので、謎解きをする。この業界はプロ野球界、最有力構成メンバーは読売巨人軍(読売新聞社)、業界を統括する団体は日本野球機構、消費者はプロ野球ファンのことである。そして、あからさまな利敵行為とは、読売巨人軍の実質的な親会社である読売新聞社(読売新聞社はグループ本社を設立している)が、3月30、31日、東京ドームで開催されたMLB(メジャーリーグベースボール)アメリカン・リーグの開幕戦、ニューヨーク・ヤンキース対タンパベイ・デビルレイズ戦を主催したことである。

東京でヤンキースの公式戦、しかも開幕戦が見られる。松井秀喜、デレク・ジーター、ジェイソン・ジオンビーらのいる、さらに今季からA・ロッドことアレックス・ロドリゲスの加わったヤンキースを現場で、生で見ることができる。筆者だってお金と暇がたっぷりあれば是非とも見に行きたい。MLBファンにとっては夢のような話が実現する。しかし、開催時期と主催者に大きな問題がある。

東京でのMLB開幕2連戦は、3月27日に開幕したパ・リーグ開幕5連戦の第4戦、第5戦と同じ日に開催された。その前々日と前日、28、29日には、ヤンキースと読売巨人軍、ヤンキースと阪神タイガースとのオープン戦があった。東京でのヤンキースの試合とパ・リーグ開幕シリーズが重ならない日程は、開幕日の27日だけだった。27日にしても、新聞・TVなど主要メディアは、松井秀らヤンキースの来日を大きく伝えている。読売巨人軍の所属するセ・リーグの開幕日は、ヤンキースが東京を去った後の4月2日である。

東京でのMLB開幕戦の主催は、読売新聞社の他にMLB、MLB選手会、日本野球機構である。後援には読売新聞グループの日本テレビ放送網、報知新聞社が名を連ねる。MLBの開幕戦をMLBとMLB選手会が主催することは当然である。しかし、読売新聞社と日本野球機構は何故、主催者に加わったのだろうか。

日本野球機構は、セ・パ両リーグで構成されるプロ野球を統括し、プロ野球界全体の利益を確保するために存在する団体である。球界の盟主を自認する読売巨人軍の実質的な親会社である読売新聞社は、日本野球機構とともに、プロ野球界の利益を確保するよう努める義務がある。

その両者が、パ・リーグの開幕5連戦と日程が重なる、東京でのMLBの開幕2連戦を主催することは、社会の一般常識から判断しても利敵行為として糾弾されるべき行為である。

半年以上にも及ぶプロ野球シーズンにおいて、開幕シリーズほど重要なものはない。優勝決定の時期では、優勝の可能性のある球団は2、3球団に絞られている。しかし、開幕シリーズ時点では、全球団に優勝の可能性がある。

開幕シリーズ前後、日本野球機構とその構成メンバー(球団)は、あらゆる努力と方策を通して、プロ野球への関心を高める義務がある。そしてそのことは自らとセ・パ両リーグ、そしてプロ野球界全体の利益につながる。だから、最も重要な開幕シリーズ前後に、球界の統括団体と最有力構成メンバーが、最大の競争相手であるMLBの開幕戦を主催すること以上の利敵行為はない。

MLBはいまや、プロ野球にとって最大の競争相手である。野茂英雄が渡米する以前のMLBは、一部の好事家やマニアだけが楽しむスポーツだった。日常的にはニュース、情報が日本に入ってこなかったからである。しかし、野茂の成功を契機にプロ野球界の有力選手が次々と挑戦し始めた。佐々木主浩、イチロー、松井秀喜らが成功を収めた。今季も松井稼頭央、高津臣吾らが挑戦する。

新聞・TVなど主要メディアは積極的にMLBを取り上げるようになった。昨季、NHKは主にBSで松井秀喜の入団したヤンキースの公式戦のほとんどすべてを放送した。イチロー、長谷川滋利、それに佐々木のいたマリナーズの試合、野茂、石井一久のいるドジャーズの試合も数多く流した。

新聞も日本人選手を中心に大きく紙面を割いて報道した。松井稼が挑戦する今季は、新聞・TVのMLB報道はさらに厚みを増ことは間違いない。主要メディアが大きく報道することは、それだけ報道価値が高いということである。MLBが日本人にとってメジャーなスポーツとして定着してきたことを意味する。今季のオープン戦期間中の報道は、プロ野球よりMLB(正確にはMLBの日本人選手)の方が、扱いが大きかった。

新聞・TVなど主要メディアは、東京でのMLB開幕戦を批判的に取り扱おうとはしなかった。主催者と後援者である読売新聞、報知新聞、日本テレビ、それに日本における最大のMLB放送権をもつNHKが批判的でないことは理解できる。しかし、朝日新聞、毎日新聞など他のメディアグループも正面からこの利敵行為を批判することはなかった。彼らはどこを見て、誰のために報道しているのだろうか。彼らはメディア界の「予定調和」の中で生きることしか考えていないようである。

東京でのMLB開幕戦の開催は、MLBとMLBに所属する最有力球団であるヤンキースの世界戦略の一環として行われた。彼らは近年急激にMLB選手を輩出する世界第2位の経済大国である日本と、驚異的な経済成長を遂げている中国を中心とした東アジアを巨大なマーケットとして意識している。新たな巨大マーケット開拓のために、ヤンキースは17時間もかけて東京にやってくるリスクを取った。

日本のプロ野球界は韓国リーグも、台湾リーグも、そして近年スタートした中国リーグも視野に入れていない。何らの経営戦略をもたないまま日本野球機構と読売新聞社が、MLBの東京での開幕戦を主催することは、利敵行為であるばかりか、プロ野球界にとって自殺行為ですらある。(2003年3月31日)

成田さんにメールは E-mail:narita@mito.ne.jp スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/

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