執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

テロリストは、最も政治的インパクトの強い、しかも最も効果的な攻撃対象をみつけた。民主主義国家の根幹を成す選挙を狙い撃ちにすることだった。民主主義国家は、自由選挙によって選ばれた大統領や国家議会の多数を占める政党(あるいは政党連合)による国家統治を、国民がある一定期間、最大限で次の選挙(大統領選や国家議会選)まで認める、という合意の下で成立している。

2004年3月、スペイン総選挙投票日の4日前に敢行された首都・マドリッドの列車同時爆破テロは、「9・11」以降、イラク内外で相次いでいるテロの中でも、それまでとは違う、ある明確な目的意識の下で敢行された。それは、スペインの総選挙そのものを狙い撃つことだった。列車同時爆破テロは、200人以上の人の生命を奪っただけではない。強烈な波及効果を世界中にもたらした。

列車同時多発テロは誰が敢行したかは、今も定かではない。しかし、アルカイダかその関連組織による犯行だという見方が、時を経るにつれ有力になってきた。

発生直後の政権与党・国民党の対応の誤りと不手際によって、テロは政権交代劇をもたらした。確定的な証拠なしに当初、国内過激派の犯行と決め付けた政権に、国民は不信を募らせた。不信は、スペイン全土に広がった巨大なデモの中で膨張していった。

優勢を予想されていた、イラク戦争で米英と同一歩調を取った、アスナール首相率いる政権与党・保守系の国民党は総選挙で敗退した。総選挙に勝利したのは、イラクからの軍撤退を公約に掲げた野党・中道左派系の社会労働党だった。次期政権の首相予定者であるサバテロ書記長は、選挙直後にあらためてイラクからの軍撤退方針を表明し、外交政策を、この戦争に反対したフランス、ドイツと協調させることも明らかにした。次期政権発足時までにこの方針が変わらなければ、米国による「有志連合」の最も重要な一角が崩れる。

スペインでのテロと政権交代の動きは連鎖反応を広げている。ラムズフェルド米国防総省長官が揶揄した、戦争に反対したフランス、ドイツなど「古い欧州」とは対極の立場にある、「新しい欧州」の代表格であるポーランドのクワシニエフスキ大統領が「われわれはだまされていた」と発言、大量破壊兵器保有を理由に開戦に踏み切った米英を批判した。

ポーランドはロシア(旧ソ連)のくびきから逃れるために、欧州の中で最も米国と関係を深めようとする国である。イラクには有志連合の中核的存在として何千人もの軍隊を派遣している。現在、ドイツに駐留する欧州米軍の移転先と目される国でもある。その国の元首があからさまに米英を批判した意味は大きい。

古い欧州であるスペインと、これからEUに加わる新しい欧州の代表格であるポーランドが、今回のテロに関連して歩調を合わせたような動きを見せたことは、象徴的である。本来、同根の文明である欧州文明と米国文明が離反、対立する契機となる可能性がそこにある。欧州文明と米国文明は、既にエネルギー・環境問題(裏表の関係にある)など、重要な価値観で大きな食い違いを見せ始めている。

列車同時爆破テロは、テロへの恐怖心をスペインばかりでなく欧州全土にまで拡大させた。欧州のどの国でも、いつテロが起きてもおかしくはない。欧州の人々はそう感じ、テロリストはそう警告している。恐怖心はさらに、日本を含む世界中に拡大していく。人々の恐怖心は、各国の政権指導者と彼らの政策選択に大きく影を落とすことになる。

2004年は世界的な選挙の当たり年である。3月にはスペイン総選挙のほかロシア大統領、台湾総統戦があった。4月には韓国総選挙、5月にはフィリピン大統領選、7月には日本の参院選とインドネシア大統領選がある。そして11月には米国大統領選がある。これらの選挙はいずれも世界的に見て重要な選挙である。さらに、今年中か来年早くには、現在、米軍占領統治下のイラクで、間接選挙か、あるいは直接選挙か、いずれかの議員選挙が行われる。

ロシア大統領選で圧倒的支持を得て再選されたプーチン氏は、先に実施された議員選での、プーチン氏を支持するという以外は政策も何もない大政翼賛会的な与党の圧勝とあいまって、ロシア皇帝と同様かそれ以上の絶対的権力を手に入れた。

台湾の総統選は、将来的に台湾が「独立」するか、香港のように中国の「地域」として生き残るのかを台湾人に問う選挙だった。この選挙は、投票日前日の民進党・陳水扁氏への銃撃によって情勢が大きく変化し、将来の「独立」を掲げる民進党が僅差で勝利した。しかし、台湾はいま、この選挙結果と陳氏への銃撃をめぐって混乱状態にある。この銃撃の「やらせ」説まででている。陳氏を銃撃したテロリストが、台湾の混乱を狙ったのだとしたら、彼は十二分の成功を遂げたことになる。

韓国議会による盧武鉉大統領弾劾と総選挙は、「三金体制」や「地域主義」など韓国に残る旧体制を一挙に破壊しようとする、大統領による「クーデター」の意味をも含んでいる。4月の総選挙は、韓国が劇的に変化する可能性を秘めている。

フィリピンの政情が安定するかどうかは、東アジアにとって重要な問題である。フィリピンはイスラム過激派のテロリストたちの訓練場にもなっている。米軍が演習目的で掃討作戦に乗り出したことは、まだ記憶に新しい。そして、アセアンの大国であり、世界最大のイスラム国家であるインドネシアの大統領選は、さらに重要な意味をもつ。インドネシアが米国に傾斜するか、イスラム圏に軸足を置くかによぅて、世界情勢は大きく変化する。

冷戦に勝ち残って唯一の超大国の座についた、実質的には「世界帝国」化した米国大統領戦の重要さは語る必要もない。民主党のケリー氏が勝つか、現職である共和党のブッシュ氏が勝つのか。米国大統領選は、否が応でも世界中の人々の「運命」を決める選挙になる。

人は「成功体験」から逃れられない。成功体験を繰り返そうとする。そのことはテロリストにとっても同様である。彼らにとってスペインでのテロは「9・11」と同様に、あるいはそれ以上に巨大な成功体験をもたらしつつある。

テロリストが世界中の重要な選挙をテロの攻撃目標にする。テロリストが、最も効果的なタイミングで民主主義国家の根幹を成す選挙を狙い撃ちにする。そうした事態が続けば、民主主義国家はその最も根幹的な部分に巨大なダメージを受ける。選挙そのものへのテロは、有権者一人ひとりの心の中に爆薬を仕掛けることでもあるからだ。(2004年3月23日記)

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