執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

賀川豊彦の『空中征服』という小説を読んだ。大正11年に大阪日報に連載したものを同年12月に改造社から出版。出版した月だけでも11版を重ねた。『死線を越えて』がベストセラーになった2年後であるから、評判を呼んで当然だったのかもしれない。

この『空中征服』は、主人公が川の中の生き物と会話をしたり、空中都市が生まれたりするなど奇想天外、荒唐無稽に物語が進む。その点では涙や感動を誘う賀川文学とは軌を一にしていない。大阪の工場から排出するばい煙による大気汚染が限界を超えていたことの業を煮やした賀川豊彦市長が突然、煙筒廃止方針を打ち出し市議会を巻き込んだドタバタ劇が展開する。

公害という言葉さえない時代に大気汚染防止の必要性を指摘した先駆性は大したものだが、それよりも興味深いのは大正末期の日本で賀川豊彦扮する大阪市長が公務員事務の請負制を考え出し、それを実施に移すことである。

小説の中では、アメリカですでに「市政事務引受会社」というものがあることを紹介している。80年前の話である。はたして本当にあったかどうか分からないが、発想が実に現代的である。

以下、『空中征服』の内容の一部を転載する。

■蝸牛性革命的神経衰弱

市長が綱紀粛正を宣言すると同時に、第一反対の声を挙げたものは土木課であった。土木課は実に妙なところで月賦払いの最上等の洋服を着るもののもっとも多いところである。

賀川市長の「サボタージュ性繁忙」に対する整理に反対するものは、ただに土木課の一部のみではなかった。ほとんど市庁舎の吏員全部であった。云うところは「いままでの通りの方がやりやすい」と云う簡単な理由である。

賀川市長としては、市の行政に新機軸を出したいのである。

彼の望むところは、市の凡ての執務事項を請負制度にして、土木、衛生、庶務、戸籍、学務、社会、会計、都市計画等の諸課を執務吏員に入札させて、競争の札を入れ、執務能率の応じて能率賞与を与える利率を定めることであった。

米国では既に市政事務引受会社があることだから、日本でも事務引受の会社があっても善さそうなものだとも、賀川市長は考えたのである。

市長は断然、市吏員の執務行程の大改革を発表した。そして、いままでの全課長を辞退せしめて、新たに能率請負の入札を各課に命令した。

サア、大変だ。各課は上を下への大動乱だ。総辞職を主張するものもあれば、全吏員のゼネラル・ストライキを宣伝して回るものもある。そうかと思うと、賀川市長に辞職勧告に行こうと云うものもある。気の早いものは市参事会員のところへ駆けつけるものもある。市会議員を訪問するものもある。まるで蜂の巣をつついた様な結果になって了った。

こういう結果になると云うことは彼もよく知って居た。それで平気で居た。彼は自棄を起こして帰った戸籍係の手伝いでもしようかと思ったが、それも出来ないし、あれしようか、これしようかと一人で悶えて、反って自分が神経衰弱に懸かって居ると云うことに気がついた。それは蝸牛性的思想病革命的神経衰弱とでも名をつく可き性質のものであって、仕事は運ばず、神経だけ尖ぎって、何かしら革命的に行きたい病気である。