執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

箱根駅伝で燃え尽きてしまった選手は数多くいる。その中には「100年に1人」と評価された渡辺康幸選手(早稲田大)がいる。高校時代から嘱望され、大学時代には箱根駅伝で1区、2区の区間新記録を連発した。早稲田大の黄金時代をつくりだしたヒーローである。しかし、卒業後は学生時代に痛めたアキレスけん痛に悩まされ、五輪でのマラソン、トラックのメダルを狙うどころか、五輪への出場も実現できないまま引退した。
箱根駅伝は、大学生には過酷すぎる駅伝である。あるいは逆に、大学生でしかできない駅伝なのかもしれない。駅伝でタイムを大きくロスしたり順位を大きく下げたりすることを「ブレーキ」と言う。やはり読売新聞の記念座談会に出席した箱根駅伝の経験者たちが恐ろしいコメントを残している。
箱根駅伝に昭和34年から4大会連続して出場し、中央大6連覇に貢献した横溝三郎氏はこう語っている。「箱根でブレーキした選手は、それ以降ほとんど立ち直っていないんです。もう競技会に出てこないんです」。読売新聞の記者として長く箱根駅伝の取材に携わってきた水戸英夫氏がこう続ける。「箱根でつぶれちゃうと、それだけ精神的ダメージがおおきいんですよ。それに、全国放映でテレビでみんな流れますから―」
彼らは箱根駅伝の理不尽さを理解していない。だからこそ、こうした恐ろしい事例を何のためらいもなく語れるのだろう。学生時代にたった1回、ブレーキを起こしただけで選手生命が終わらせてしまう大会など他にはない。スポーツの最高峰の大会である五輪でさえ、一度失敗した者にも復活のチャンスはある。復活へのトライアルこそ、見る人の想像力を刺激する。
箱根駅伝で最も厳しい区間は山登りの5区だと一般的には言われている。しかし、本当に厳しいのは、いや過酷なのはその逆のコースをたどる山下りの6区である。箱根から小田原まで標高差800メートル以上を1時間前後で一気に駆け下りる。山下りの過酷さについて、座談会での発言を拾ってみる。
神奈川大の監督、総監督として連覇を果たし、同大在学時にも3大会連続で出場した工藤伸光氏は「初めてのときは、1週間階段をまともにおりられなかった。足の裏は全部血まめになりました」と振り返る。「膝と腰がだめになりました。立っているのがやっとでした。直るのに1週間かかりました」(横溝氏)。「衝撃の反動が内臓に来るんですよ」(工藤氏)
箱根駅伝の異常さを象徴するような発言もある。「ある大学は駅伝しかやらないという現象まである」(横溝氏)。駅伝は陸上競技の中の1分野である。トラックとロードレースを組み合わせてこそ選手の技術も能力も進歩する。しかし、駅伝だけしかやらせないその大学は、経営戦略の中でしか箱根駅伝をとらえていない。そして、選手たちは大学の戦略の中で「走る道具」としての存在となる。
箱根駅伝は区間設定そのものにも問題がある。1―10区ともすべて20キロを超える。駅伝が耐久レースだった時代に設定されたからだ。しかし、現在の駅伝、ロードレースは、もはや耐久レースではない。世界のマラソンは男女ともトラックのスピードランナーが続々と挑戦し、世界記録を塗り替える時代になった。マラソンの世界記録をもつ男子のポール・テルガト(ケニヤ)、女子のポーラ・ラドクリフ(英国)とも1万メートルで世界トップレベルのランナーである。
そうした時代に、明日の陸上・長距離界を背負うエリートランナーたちは、20キロの練習に明け暮れる。世界に挑むならば、18-22歳のころは、トラックやクロスカントリーでスピードを身につけるべきである。世界の流れとは逆行した練習をしている。
駒沢大が3連覇を達成した今年の箱根駅伝には、日本学連選抜選抜チームが出場した。これまで箱根駅伝には縁がなかった関東以外の大学の選手に出場機会が与えられた。しかし、オープン参加で個人記録は残るがチームとしての成績はつかない。しかも、80回の記念大会だけ、今回限りのの措置だった。
読売新聞のシンポジュウムは「箱根から世界へ」をテーマに開催された。しかし、メディアによって肥大化し、大学の経営戦略に組み込まれた現在の箱根駅伝は、はたして世界へ通じる道なのか。日本の陸上界が世界レベルで戦うことを望むのであれば、日本の陸上競技関係者は、箱根駅伝の現実を直視し、早急に改善策を講じるべきである。 (2003年1月13日記)
(注)記事中の箱根駅伝80周年記念シンポジュウム、記念座談会に関する記載は、YOMIURION-LINE(http://www.yomiuri.co.jp/)の箱根駅伝特集(http://www.yomiuri.co.jp/sports/ekiden2004/)から引用しました。

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