執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

日本における正月最大のイベントは箱根駅伝である。2、3の両日、東京―箱根間往復約200キロのコースで行われるこの大学生による駅伝大会は、もはやスポーツの枠を超える社会的イベントにまでなっている。

いまや「怪物」と化した箱根駅伝の前では、元日に行われる全国実業団駅伝の影は薄くなる。社会人のトップチームとそこに所属する日本を代表する長距離ランナーが日本一をかけて競う大会は、まるで箱根駅伝の「前座試合」であるかのような扱いを、メディアから受けている。

全国一の初詣客を集める明治神宮にしても、箱根駅伝が呼び寄せる沿道の人の波にはとても太刀打ちできない。往復約200キロの沿道に何百万人という人の波がほとんど切れ目なく続く。そんな巨大イベントは他にない。民放キー局によって製作され、2日間で延べ約12時間にもわたって放送される生中継は高視聴率をたたき出す。全国の何千万人という人たちが、この駅伝大会を見るためにTVの前で正月休みを過ごす。

箱根駅伝は戦前からの長い歴史をもつ伝統ある大会である。しかし、前述したように日本一を決める大会ではない。そればかりか、大学日本一を決める大会でもない。関東1都6県と山梨県に所在する大学チームしか参加資格のない、「ローカル大会」である。

関東のローカル大会があるメディアグループの強力な後押しによって、大学ばかりか全日本の大会をしのぐ社会的人気と関心を集める大会になった。それが、いまの箱根駅伝の姿である。

箱根駅伝の主催者は関東学生陸上競技連盟である。本来は大学生が主催する大会である。しかし、共催の読売新聞、後援の日本テレビが実質的に大会をコントロールすることで成り立っている。これだけ巨大化した大会を大学生が実質的に主催することなどできない。

読売・日本テレビグループは大会前に圧倒的な量の事前キャンペーンを繰り広げる。読売新聞は前年12月ごろから何度も特集紙面とスポーツ面での参加校と有力選手の紹介を続ける。日本テレビはもっと一般受けする話題をニュース、ワイドショーで展開する。社会的人気、関心の高さから他のメディアグループも箱根駅伝を無視できなくなる。

箱根駅伝が「怪物」化した最大の要因は、日本テレビによる2日間、延べ約12時間にも及ぶ全国生中継が実現したことにある。スポーツ番組の連続生中継としては日本一である。恐らく世界でも例のないものだろう。

箱根駅伝は、社会的人気、関心の高さゆえに、スポーツ大会としては「倒立」した存在になってしまった。「正三角形」であるべき形態が「逆三角形」になってしまったともいえる。地方のローカル大会が肥大化、巨大化したことで派生させた歪みについて以下に指摘したい。

歪みはまず、長距離ランナーを目指す高校生が進学する大学が、東京・首都圏に集中するという形で表れる。箱根駅伝に出場するには関東の大学を選択しなければならない。関東といっても、箱根駅伝に出場可能な大学は資金力、選手のスカウト能力、指導者のレベルなどから、ほとんど東京・首都圏の大学に限られる。

高校生ランナーの東京・首都圏集中は、大学駅伝の「三大大会」の成績にはっきりと表れる。大学駅伝は、箱根駅伝と出雲駅伝、全日本大学駅伝が三大大会と呼ばれる。箱根駅伝以外は、北海道から九州・沖縄まで参加資格のある、大学生による「オール・ジャパン」の大会である。

2004年の箱根駅伝と同じシーズンに行われた出雲駅伝(2003年10月13日、島根県で開催)では第9位の第一工業大学(鹿児島県)以外は、優勝した日本大学を含めすべて関東勢が占めた。全日本大学駅伝(2003年11月2日、愛知・三重県で開催)では、優勝の東海大学から9位の東洋大学まで関東勢が占め、関東勢以外では10位に京都産業大学が入っただけだった。

ここ10年ほどを見ても、出雲駅伝、全日本大学駅伝のベスト10は箱根駅伝への参加資格のある関東(東京・首都圏)勢がほぼ独占している。

東京・首都圏の私立大学はこぞって箱根駅伝への出場、上位入賞、さらに優勝を目指す。箱根駅伝の巨大な「宣伝効果」は計り知れないほど巨大だからだ。少子化、大学間競争激化の時代に、箱根駅伝で名前を売るほどの宣伝効果はない。大学のステータスを上げ、優秀な受験生を数多く集め、経営を安定させるためにこれほど効果的なイベントはほかにない。

一方、箱根駅伝への出場を「門前払い」された関東以外の大学は、東京・首都圏の大学の「箱根スパイラル」ともいうべきこうした動きに対し、指をくわえて眺めるだけの存在になる。箱根駅伝が東京・首都圏と他の地域の大学との「地域間格差」を拡大させる。箱根駅伝が東京一極集中をさらに加速させる。

箱根駅伝、いや箱根駅伝の異常なまでの社会的人気と関心は、他にもさまざまな歪みをもたらしている。(2004年1月8日記)

成田さんにメールは E-mail:narita@mito.ne.jp スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/

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