執筆者:中野 有【ジョージワシントン大学客員研究員】

アメリカの国家戦略に関するセミナーに参加し、理論的に説明された構想の一端を学ぶことができた。しかし、それがいくら優れた戦略であっても、必ずしも世界の平和に貢献するのかどうか疑問に感じる。

その疑問を払拭するかのように一世紀以上前に岡倉天心が、「西洋流の思考だけでは世界は立ちゆかない時が必ず来る。西洋の人間に向けて、東洋の思想というものを伝えていかなければならない。調和しなければ、世界は滅びてしまう」と西洋の物質文明を批判し、東洋の精神性の重要性を提示している。

ブッシュ政権は、軍事力を利かせながら市場主義を中心にしたアメリカの民主化により世界を制覇しようとしている。このような西洋思想では、国際テロを解決することは不可能である。

知る限りでは、ワシントンでの安全保障の論議は、西洋思想の論理的かつ戦略的な観点だけで語られており東洋思想のインプットが皆無である。安全保障を研究するにあたり、文明や思想の源流を考察し、歴史のリズムを把握する作業が必要であると強く感じる。

半世紀前に出版されたNorman

Cousinsの本の中で興味のある記述に出会った。インドの奥地を訪問した時、文字を読むことができないキリストの教えを知らないはずの村人がキリスト教が理想とする生活を行っていることに驚かされ、そこで、キリスト教の源流は、東洋思想に影響されていることに気がついた。とある。

文明の発祥地の解明には未知数が多すぎるが、7000年前の黄河文明、5000年前のメソポタミア文明やエジプト文明、4500年前のインダス文明、そして2000年近くの歴史を経て生まれた古代ギリシャ、古代ローマ文明の西洋文明との歴史の潮流の中で、明らかに東洋思想が西洋思想の源流になっていることは確かである。

宇宙観や世界観を持ったヒンドゥー教の源が3500年前に発生し、2500年前に仏教とユダヤ教が同時期に生まれ、500年の時を経てキリスト教が成立し西暦が始まり、そして600年後にイスラム教が生まれたのである。文明の歴史をひもとくと多神教が中心であり、一神教の歴史は比較的浅く2500年しか経過していないことが分かる。

アメリカ・アラブ・イスラエル間の紛争は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教による一神教の兄弟喧嘩である。これらの対立の根元は、一神教にみられる「神が宇宙を創造した」という考えや、「神が人間を救う」という神が絶対的な存在であるといういうことから排他的な思想につながる。アメリカが介在する中東和平が成功しないのは、一神教の妥協性に欠けるところにないだろうか。宗教の源流を学ぶことにより一神教の紛争回避のヒントが生み出されると考えられる。

世界には4つのパターンの宗教的な世界観があると思う。第1は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に見られる一神教のパターン、第2には、インドのように多くの宗教が混沌として多様性に富んでいるパターン、第3は、中国のように国家が正式に宗教を認めぬパターン、最後は、日本に見られる神道、仏教、キリスト教等の異なった宗教を同時に信仰できる柔軟性を有するパターン。日本のパターンが、人類が最も永く育んできた普遍的な宗教観ではないだろうか。

東洋思想の特徴は、「陰と陽」、「男と女」という相異なる二つの性質の共存を認め、論理的より精神的、感覚的なものに重きをおき、世の中の潮流に柔軟に対応し、かつ自然との調和を大切にするところにある。一方、西洋思想の特徴は、物質的な力が原理であると考え、人間の知性が自然をも征服できうるという力と理論に重点をおいている。

人間には、肉食を主とする遊牧民的体質と、穀物を主とする農耕民的体質がある。このように思想や人間の体質が陰と陽といった二つの特徴に分かれるように思われる。歴史軸を考察すると、この両者が互いに調和してヒューマニティーが形成されてきたように思われる。人類の歴史は戦争である。との考えも正しいかもしれないが、戦争を行っても発展が続くのは、人間の本質は、「ヒューマニティーと調和」であるからだろう。そうでなく西洋思想だけでは、人類はとっくの昔に滅んでしまったかもしれない。

ブッシュ政権の国家戦略の欠陥は、西洋思想一辺倒であるところにある。40年以上前のケネディーの国家戦略は、東洋思想が含まれており柔軟性に富んでいる。何故ならケネディーは、ガンディーの影響を受けたからである。そのガンディーは2000年以上前の」アショカ王の影響を受けているのである。21世紀の中国の国家戦略は、多国間、協調的な外交・安全保障政策、有人宇宙飛行に見られるように、ケネディーの国家戦略に類似している。中江兆民や中江丑吉といった思想家は、東西の思想をうまく調和させている。

このように東洋と西洋の思想の調和により優れた国家戦略が生み出されてきたと考えられる。本日、渡辺謙とトムクルーズ主演による、「Last

Samurai」が封切られた。早速、この映画を鑑賞し、「武士道」の精神的な魅力こそ世界が求めているのではないかと強烈に感じた。中東や国際テロの問題を解決するためにもブッシュ大統領に是非勧めたい映画である。ブッシュ大統領が、武士道や東洋思想を学び、武力という物質的な力では、崇高な精神には勝てないということを学ぶべきである。イラク戦の泥沼化から抜け出すには、日本としてはイラク戦を支持した以上、自衛隊の派遣は避けられないと考えるが、アメリカに対し、武士道や東洋思想を伝える方がよりアメリカのみならず地球のためになると思われてならない。