執筆者:中野 有【ジョージワシントン大学客員研究員】

アメリカが考えるイラク戦の4つの理由

昨年の秋にブッシュドクトリン(国家安全保障戦略)が発表された。このドクトリンには、軍事と開発というコインの裏表の戦略が提唱されている。この1年間、世界は、戦争から復興支援への躓きとブッシュドクトリンに揺り動かされた。ブッシュ政権は、アメリカの予測を遙かに上回るイラクの戦費と復興支援の重圧により、単独主義の欠陥を認め、国際協調路線への修正を余儀なくされることになった。ブッシュ政権の近視眼的単独主義により、アメリカの信頼度を極端に低下させたのみならず、ブッシュ再選に赤信号が灯りはじめたのである。

リベラルなシンクタンクである、ブルッキングス研究所の外交政策部の内部からブッシュ政権の傲慢な外交政策に触れ、国際情勢と、大統領選の影響による国内政治の駆け引きを感ぜずにいられない。

ブルッキングス研究所のブレーンは、クリントン政権の外交、安全保障に携わった国際協調派と中道派で固められている。ブッシュドクトリンが発表された翌日、ブルッキングス研究所は公開セミナーを開催し、ブッシュ政権の単独主義と先制攻撃を批判した。米国内で、イラク戦への支持が高まる中、ブルッキングス研究所は週一回のイラク情勢についての公開セミナーを開催した。それに対抗するように新保守派のシンクタンクも毎週公開セミナーを開催した。

これら一連のリベラルと保守派のセミナーに参加し、今回のイラク戦の本質的な目的は、何であるかを多角的視点で確認する必要があると感ぜられた。ニューヨークタイムズの外交コラムニスト、トーマス・フリードマンは、それを的確に、イラク戦には4つの理由(現実的、本質的、道義的、発表された理由)があると大局的視点で考察している。

1つ目の「現実的理由とは、9.11によりアフガニスタンへの攻撃では充分でないので、イラクへの軍事介入したこと。2つ目の「本質的理由」とは、アメリカンスタンダードによる民主化と市場経済化をイラクの石油を戦利品として達成し、イラク、シリア、レバノン・・・とアメリカの覇権を確保し、拡大していくこと。3つ目の「道義的理由」とは、サダム・フセイン大統領によるクルド人をはじめとした人権を無視した行動への軍事的制裁。そして最後の「発表された理由」は、大量破壊兵器の廃棄と国際テロとのリンケージ。今だこの物的証拠は出てきていない。

ブッシュ政権が考えるアメリカスタンダードによる中東再編という本質的理由をベールで包むために、国際テロ、大量破壊兵器、悪の枢軸等、複雑な要因がマスコミを通じ、激しく議論されたと考えられないだろうか。

イラク戦への警告と予測された結果

ブルッキングス研究所において、少なくともイラク戦が始まる5ヶ月前から、アメリカのハードパワーによる単独主義、傲慢な外交政策には限界があるとの以下の指摘は議論されていた。

第1に、ハーバード大学のハッチントン教授が警告するアメリカの覇権主義による文明の衝突の観点から、物質社会より精神面に重点を置くアラブの気質を見誤ることによる、アメリカへの報復とテロが激化し、世界が混沌とする。

第2に、アメリカの単独主義に対抗する国際協調主義による勢力が一枚岩になり、アメリカの孤立化が進む。

第3に、アメリカのスクラップ&ビルド戦略の限界。米軍の最新鋭の兵器でイラクのインフラがスクラップされても、その復興の過程において、破壊工作により復興がスムーズに進まない。

第4に、アメリカの一方的な民主化の押しつけによるイラク国民の執拗な抵抗が予測される。新生イラク政策のもたつきによるシーア派、スンニ派、クルド人による内紛と、イスラム諸国の介入により内戦が複雑化する。

振り返れば、これらのブルッキングス研究所で行なわれた議論は、多かれ少なかれ的中しているが、戦争開始の3ヶ月前には、戦争回避はほぼ不可能だとの予測が出されていた。理由は、大統領と議会が戦争を容認していることであり、ブッシュ大統領は直感で行動し、信念を通すとの分析であった。至極当然の分析であるが、あらゆる情報を分析して出されたこの結論は、極めて高度な予測であったと考えられる。

ラムズフェルドドクトリンに則る最新鋭兵器による短期集中型戦闘により、イラク軍の抵抗をほとんど受けることなく、5月に空母鑑リンカーン上にてブッシュ大統領が、戦闘終結宣言を行った。しかし、フセインの残党とイスラム過激派によるゲリラ戦が続いており、毎日のように米軍の犠牲者が出ている。フセイン大統領が先制攻撃直後にテレビ放映で行った筋書き通りのことが現実として起こっている。米国の負担が、毎週1200億円にものぼり、ブッシュ大統領は軍事と財政の支援を国際社会に嘆願することになった。

日本の役割と米国内の政治的要因

憲法9条を有する日本は、軍事的関与には限界があり、可能な日本の国際貢献は、紛争を未然に防ぐ予防外交と紛争後の復興支援であろう。いったん、国会で認められたイラクへの自衛隊派遣が、延期されることになり、日本の国際貢献に疑問が残る。

戦闘地域と非戦闘地域を区別できぬ状況の中、自衛隊を派遣できぬとの考えが正当化されるなら、日本は、アメリカのイラク戦を支持するのでなく、紛争を未然に防ぐための最大限の予防外交を達成すべきであった。日本が、イラク戦を防ぐためのあらゆる努力を行うことにより、国際社会から注目されただろう。北朝鮮問題を含む、安全保障の問題を考慮すれば、日米同盟が基軸となるが、日本には国際協調を主眼とする国連外交も重要な柱であり、それを国連安保理で声高に唱えるべきであった。

アメリカの単独主義により先制攻撃が行われたのだから、現実的に戦争回避は不可能であったであろうが、日本は国際社会に向けて、アメリカに完全に追随するのでなく、国際協調主義を示す姿勢も決して無駄にはならなかったであろう。何故なら、外交政策と米国内の政治の絡みから展望すると、アメリカは完全に、ブッシューゴアの大統領選が示すように完全に共和党と民主党に分かれており、恐らくシンクタンクは、極めて高度な戦略により、イラク戦による影響を大統領選に持ち込もうとしていると考えられるからである。

イラク戦を回避できなかったことにより、冷戦に勝利し、軍事的・経済的覇権主義を高め、9.11のトラウマにより暴走するブッシュ政権を国際協調主義に修正させるシナリオを描くことができた。現時点において、イラク戦を通じ、ブッシュ大統領の支持率を低下させる戦略は民主党系のシンクタンクのシナリオにあったと考えられる。

イラク復興へのベスト・シナリオ

アメリカが国連に軍事協力を求めるにあたり、アメリカと国際社会の間で双方が納得し、理想的な妥協点が生み出されなければならない。恐らくアメリカが妥協できない点は、米軍が国連軍や多国籍軍の指揮下に置かれるということであろう。

アメリカは軍事的コストを軽減させ国際協調を得るためにアメリカを中心としたインフラ整備をある程度諦め、イラク市民による復興支援あるいは世界中の多くの国々によるイラクのインフラ整備が推進されよう。国連軍は事実上、ゲリラ戦に対抗できないだろうから、米国とヨーロッパ主導によるNATO軍の関与が高まろう。

ベストのシナリオは、ブッシュ政権が国際協調を唱え、国連・NATOの主導により、イラク国民による新生イラクが生まれることであろう。イラクには、無尽蔵の石油資源がある。年間5兆円の資金が軍事に消えてしまうのでなく、イラク国民に直に供給されることにより、平和への一歩が生み出されるであろう。

コインの裏表である軍事と開発を、開発主導に転換させる。イランーイラク戦争最中のイラク駐在の経験と、報復というアラブの気質を考慮すると、国際協調と開発を推進することが、アメリカによるイラク戦の泥沼化からの現実的な出口となろう。(国際開発ジャーナル11月号に掲載)

http://www.idj.co.jp/books/index_j.html

国際コンサルタント中野有の世界を観る眼 第2回)