執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】

■日米仲間内選挙の実態(1)

ゼネラル・モーターズ(GM)のリチャード・ワゴナー会長兼最高経営責任者(CEO)は9月11日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で日本の金融当局の度重なる為替介入に不快感を表明する。ワゴナー会長は、この結果、米製造業が大きな打撃を受けていると主張し、日本にもっと注目する必要があるとの点で政府と意見が一致していると語り、米政府が人民元切り上げより、円の為替介入に注目するよう期待を示した。

10月24日開幕の東京モーターショーに合わせて来日したワゴナー会長は、朝日新聞のインタビューに応じ、1ドル=110円を上回る急速な円高が進行している現状を、日本の購買力からみて、「110円が円高だとは思わない」と分析し、「もう一段の円高が望ましい」との認識を示す。また日本政府の介入について、「円が適正水準になるのを妨げる行為であり、円安を人工的に維持するのはフェアではない」とあらためて批判、「日本は世界第2位の経済大国であり、輸出依存体質から内需主導の経済に転換すべきだ」と語る。一方、中国・人民元の切り上げを求める動きについては「GMは中国国内需要のために進出しているのであり、影響は限定的だ」とした。

ワゴナー会長は政府に対して絶対的な発言力を持つ有力経済政策団体であるビジネス・ラウンドテーブルとビジネス・カウンシルのメンバーであり、大手鉄道会社CSXの会長兼最高経営責任者(CEO)時代にビジネス・ラウンドテーブルの会長を務めたジョン・スノー財務長官とは極めて近い存在である。

すでにワゴナー会長等財界首脳の意見を受けてスノー財務長官は、9月1日に来日、小泉首相、塩川財務相(当時)らと会談を行っている。日本の構造改革路線を評価し、日米が経済面でも緊密に連携していることを強調する内容となったが、焦点の為替問題では、中国・人民元については、事実上の固定相場制の見直しなどを求めていくことで一致したものの、日本の円売り・ドル買い介入の是正を求められる結果となる。これは米国内ではブッシュ政権のドル高政策に不満が高まっていることをあらためて印象付ける結果となった。

10月17日夜に行われた日米首脳会談の為替政策における二人の発言は次の通りである。

ブッシュ大統領

「強いドルが米国の政策だ。同時に通貨価値は市場が決めるのも事実だ。」

小泉首相

「強いドル政策を歓迎する。ただ、市場の乱高下には手当てが必要だ。」

二人の発言には明らかに食い違いが見られるが、総選挙を目前に控えて小泉続投を後押しするためにブッシュ大統領は敢えて踏み込まなかったのである。

■日米仲間内選挙の実態(2)

米政府は10月20日、2003会計年度(2002年10月?2003年9月)の財政赤字が過去最大の3742億ドル(約41兆円)に達したと発表した。景気低迷、減税に伴う税収減、そして長期化するイラク戦争に絡む歳出増が原因となっており、市場では財政赤字と経常赤字が膨らむ「双子の赤字」への懸念も浮上してきた。ボルテン行政管理予算局長は2004会計年度の財政収支見通しについても5000億ドルを上回る赤字になる可能性を指摘している。

一方、2003年10月31日、日本の財務省は9月27日から10月29日までの1カ月間に、外国為替市場で2兆7230億円の円売り・ドル買い介入を実施したと発表する。1ドル=110円を突破し、一時3年ぶりとなる107円台まで進んだ急激な円高傾向に歯止めを掛けるため、大規模な介入を実施したのである。

また2003年11月10日の財務省の発表では、7-9月の政府・日銀による外国為替市場介入総額は7兆5512億円に達し、これまで最大だった同年4-6月の4兆6116億円を大きく上回り、二期連続で過去最高となった。特に円高が加速した9月は1兆円を超える介入を2回実施するなど、月ベースの介入額も5兆1116億円と過去最大を記録した。

これで、今年1月からの市場介入累積額は16兆1777億円に達し、年間では過去最高額を更新した。また同年10月末の外貨準備高も、前月末に比べ213億9600万ドル増の6262億6800万ドルとなり2カ月連続で過去最高を更新することになる。

日本政府は円売り・ドル買い介入を行った場合、買ったドルを外貨準備として米国債などで運用している。つまり日本が米国債の購入役を引き受けることで米国の経常赤字を支える構図となっている。

しかし、大規模な円売り・ドル買い介入により原資に行き詰まることになる。円売り介入資金を調達するために発行する短期国債(外国為替資金証券)の残高が、外国為替資金特別会計の2003年度借入限度枠である79兆円に近づいたからだ。2002年度末の発行残高は56兆5000億円、また政府・日銀の4月以降の円売り介入は14兆円弱に上ることから、残る発行枠は10兆円前後と見られている。財務省は当初、現在の借入限度枠である79兆円から10兆から20兆円程度増額する検討に入ったが、補正予算の成立は早くても来年1月末となることから、保有する米国債などの外債を日銀にいったん売却して介入資金を確保することを検討し始めたようだ(11月1日付け毎日新聞)。

政府が焦る理由は、市場で政府・日銀の為替介入資金が限界に近づいたとの思惑が広がり、円買い圧力が増すことを恐れていることと、総選挙を目前に控え、なんとしても株価急落を回避したかったのである。

この為替介入と株価のメカニズムを「世界」11月号で日本証券経済研究所の紺谷典子主任研究員がじつにうまく解説しているので引用したい。

『日銀は介入で得たドルで通常、米国国債を購入する。現金のままでは金利を生まないが、国債なら金利収入が得られる。巨額のドルが米国国債市場へ流れ込み、米国金利を引き上げ、金利の低下は、株式市場へ資金を誘導し、米国の株価上昇に一役買った。米国株価の上昇は、ヨーロッパやアジアや日本の株価の割安感を生み、世界中の株価を上昇させ、日本の株価も上昇させた。日本が行った為替介入の10兆円(注:現時点では16兆1777億円)の資金は、まわりまわって日本の株式市場へ流れ込み、株価を急騰させる要因になった。この間の外国人の買い越しは6兆円に及ぶ。株価の1万円超えは、意図したとしないとにかかわらず、小泉再選の大きな支援となったことは間違いない。目的がなんであれ、この株価水準が維持できるなら問題はないのだが、景気回復の期待が幻想であったと投資家が気づけば、反動としての株価暴落は必至である。』

吉川雅幸・朝日ライフアセットマネジメント・シニアエコノミストも毎日「エコノミスト」誌で『各種統計から推測すると、日本を含むアジアの公的資本のドル買いは、米ドルを支えるだけでなく、米長期金利の低位安定に貢献し、グローバルな株価反発の環境を整えた公算が大きい。』としている。

米連邦準備理事会(FRB)の資金循環統計によると、米国債の海外保有残高は6月末時点で1兆3465億ドルとなっており、比率は3月末の33.9%から35.6%に上昇、過去最高を更新した。中国も外貨準備高の増加に伴い米国債の保有を増やしているため、米国債の保有が多いのは日本(4410億ドル)、英国(1228億ドル)、中国(1225億ドル)となっており、一年前に比べ、それぞれ31%、48%、51%増加した。

日本と中国が主導するアジアの米国債買い支えは、米長期金利の低下、日銀の量的金融緩和や欧州の相次ぐ利下げとともに、世界中に行き場を失ったマネーをあふれさせた。企業収益の急回復も大きな理由ではあるが、日本の株高にはこうした資金が大量に流れ込んだ要因も否定できない。

トヨタの地元にある「中日新聞」で紺谷主任研究員が次のように続けている。

『9月に大々的なドル買い円売り介入を行ったが、すべては総裁選のためだった。(円安を警戒する)ブッシュ米大統領も小泉再選のために黙認した。小泉首相にとって、総裁選が終わったら、円高などどうでもいいのだろう。日本の体力がものすごく落ちていることへの危機感の薄さが、円高に対する楽観論につながっている』

自民党総裁選で小泉首相再選が決まった9月20日以後も大規模な円売り・ドル買い介入を実施したことを考えれば、外国人投資家が2004年大統領選へのスイッチ切替の節目を日本で総選挙が行われる11月9日以後と考えている可能性がある。この時、外国人投資家が日本経済の回復を本物と見ているかどうかの回答が明確に示されることになる。

11月14日の東京株式市場で、日経平均株価は反落し、終値は8月19日以来約3ヶ月ぶりの1万100円台の1万167円6銭となった。また14日のニューヨーク株式市場も続落、ダウ工業株30種平均は前日比69.26ドル安の9768.68ドルと9800ドルを割り込んで終了した。

ここで、選挙前の11月5日に書いていた原稿を修正しよう。

『何でも言うことを聞く小泉首相の勝利を願うのはブッシュ大統領とその取り巻きだけであり、外国人投資家は選挙の結果にはこだわっていない。2004年を考えれば、民主党が議席を伸ばし、現在の自民党に一定の歯止めをかける状態が望ましい。』・・・・11月5日時点(修正前)

『何でも言うことを聞く小泉首相の勝利を願っていたのは、ブッシュ大統領とその取り巻きだけであり、外国人投資家は選挙の結果にはこだわっていなかった。米大統領選が行われる2004年を考えれば、今年の第43回衆議院総選挙で民主党が議席を伸ばし、与党自民党に一定の歯止めをかける状態を作りだした有権者の判断は、極めて正しかったと言えよう。』・・・・修正後

これに関連して国際金融界に知人の多い、引退した宮沢喜一元首相のこのように語っている。

「ブッシュとコイズミの仲がいい、それは大事なことだと思っていますが、それでも踏み込みすぎている」

2004年は、日本にとって「踏み込みすぎたリスク」が、誰の目にもわかる年になるのだろうか。

イラク情勢は泥沼化し、政策面でも「ホワイトハウスの内戦」を引き起こし、戦後最大規模の大型減税と金融政策を実施するものの雇用情勢は好転しない中、ブッシュ再選に暗い影を落とし始めている。

再選を目指すブッシュ大統領にとって、景気回復が最優先であり、そのためにはドル安を黙認するのではとの見方がくすぶり続けている。選挙という一過性のイベントに潜む「クローニー・キャピタリズム(仲間内資本主義)」とは対照的に、日米財界首脳が為替問題でもリーダーシップを発揮して瀬戸際の交渉を続けている。

外国人投資家が見つめる先には政治家の姿などはない。その視線の先には、トヨタの存在が特に目立ち始めているようだ。(続く)

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