執筆者:色平 哲郎【長野県南相木村診療所長】

■生涯学習社会とは「選び取る学び」の社会

私は、長野県の医療行政、道路行政に昨年まで携わっていましたし、今年度は教育委員会からは生涯学習審議会の委員を、社会部からは福祉サービスが第三者評価されるためのシステム構築を行う委員の委嘱を受けています。
まさに先ほどのアドボカシー、あるいはオンブズマン活動をどうすれば導入できるのかという検討を行っているわけです。
オンブズマンとは北欧の言葉で、「真実の人」という意味です。つまり、声なき声を聞きとどめて対応していく仕組みなのです。

生涯学習審議会の委員になったことを意味のあることだと思うのは、学校以外のところに学習の機会や気づきの機会があるという発見です。
これは、大学病院の中だけに医療があるのではなく、地域にこそ医療が必要なのだという意味と同じで、「大学医療」と「地域医療」が対比されるように、「学校教育」に対して「生涯学習」と捉(とら)えることができるかもしれないと考えています。

例えば、医療、教育といえば専門職が担うものという感覚があります。
さらにいえば、特に教育は「教える」あるいは「教え込む」という斜め上からのまなざしになりがちです。
それに対して「学習」は、教育する側の人間にも存在するものであり、ぶつかりの体験の中で学んで自ら変わらざるをえないものでもあるわけです。
痛いぶつかりであったかどうかはわからないし、また人間はよいほうにも悪いほうにも自在に変われる存在ではありますが、だれにもぶつかりとその後の自分の内面の変化という「学習」は確実にあったはずです。
それを自身で内省的に捉えれば、どんな人でもその人生は一生涯をかけての「学習」なのだと理解できる。
それが「生涯学習社会」でありましょう。

今日、社会が変わってくれば、あるいは世界情勢が変化してくれば、それに合わせてわれわれの立ち居振る舞いをも変えなければならない状況である以上、継続教育ともいうべきこの「生涯学習」は大切なものです。
またそれがあればリカレント教育(社会に出てからも学校または教育・訓練機関に回帰することが可能な教育システム)の理念に照らしても人材が無駄になることはないだろうと感じます。
いったんどこかでつまづいたとしても、その後、自分の持っている能力を別のところで開花していくことができるという社会的な保証があるわけですから。

ヨーロッパ社会では、暮らすということが重視され、「住まい」は人権であるという感覚があり、きちんとした家に住むことが権利であるという合意形成がなされています。
同じように、ただ「住む」というだけでなくそこで暮らしていくときに地域で学び続けることもまた一つの人権であると確立されています。

日本では、例えば十八歳で医者になることを決めざるをえなかったり、さまざまな決断点を早めに用意していますが、実は、これはいかにも途上国的な発想なのです。
これほど長生きする社会になったわけであり、また、一生同じ職場で勤め上げることは理想ではあるかもしれないけれどそれができないような流動的な世の中になった。
だからこそ、次の職にいかに自分を適合させていくかという「選びとる学び」が重要になってくるわけです。
ここに、「教え込む」という教化ともいうべき教育観を当てはめることは時代遅れです。

知人のある財務官が、こんなことをいいました。
「お金の流れやシステムは簡単に変えられるんです。でも、人間の意識がいちばん変えられない。特に専門職にある人たちの意識を変えることは難しい」。

権力的に変えることのできるものは簡単だけれど、職業人の意識にはそれが通用しないと彼は言うわけです。
現在のような、あらゆることの変化のスピードが早い、専門的な技術が陳腐化しやすい世の中にあって、ある種の不安感からか専門職にある人たちは変われないでいます。
ですから、「生涯学習社会」実現の最大の「敵」が、実は教員であったりするのです。
教員たちが仕切っている教室でもって、しかも文部科学省が一元的に取り仕切っているところで「生涯学習」を打ち出すことは不可能なのかもしれません。
本来、教員ではない人たちが役割を担って自分を発見し子どもたちを促していくようにすべきであり、子どもたちもまた、自分たちが世の中でどのように自らの生き方を選びとっていくのかとすべきでしょう。
文部科学省が一元的に仕切るベきものでもなく、せめて都道府県の教育委員会で「われわれの地域・地方においてはどのような生涯学習社会に向けて舵を切るべきか」と白紙から練り上げていかなければいけないことなのです。
そうしなければ言葉の矛盾になってしまうし、「生涯学習」が機能しなくなります。

■「自分で考える」という必然的な流れの中で

しかし、こうしたことがスローガンを立てるだけで解決するわけではないことはもちろんです。
理念があって、その理念を政策として文章化し、その政策を施策に落とし、予算執行し、決算までもっていくという一連の流れがありますが、まず必要なものは理念です。
それがなければ船は舵を切ることさえできません。

一九九九年に「地方分権一括法」が成立しました。真の意味での地方分権、地域主権を目指さなければならないわけですが、ヨーロッパでは、まず自分でできることは自分でやる、それでできないことは家族でやる、家族でできないことは地域でやる、それでできないことは基礎自治体(コミューニティー)がやって、基礎自治体でできないことは広域自治体で……と目の前から積み上がっていくやり方です。
日本の場合、「シャウプ勧告」のときにその実現を勧告されたけれども、それができずに戦後そのままになってしまった。
そうして、例えば「県」という行政単位の位置付けが、国でもなく市町村でもない「中二階」的な、上からの指示を流すだけの存在になってしまっています。
そうすると、自前でできることは自前でやるために市町村レベルに下ろさなければならないし、国もまた財政難から、さきほどの積み上げられた三角形の頂上から、かつてのような強権による指示もなくなっただけでなく、つい最近までのお金を流して指導するやり方も不可能になってしまったために、残された方法としては、「自分のことは自分で考えてやる」しかないわけでしょう。
つまり、必然的に地方分権にならざるをえない状況になっているのです。
ですから、現在の長野県は自ら社会実験に取り組む方向へ進んできています。
それで失敗しそうになれば、また軌道修正すればよいわけです。

ここでポイントとなることは、自前で責任をとるという姿勢であり、そういう社会になっていかない限り地方分権は実現できないでしょう。
これまで日本は、資本主義であるといわれていたわりには、すべての判断を「お上」に任せていた。
それが、何か問題が起こっても「お上」が保証してくれるというお墨付きでもありました。
いま、そのお墨付きがなくなってきています。けれども、実は、それは本来の資本主義に向かっていることでもあるわけで、これは実に恐いことでもあるのです。
自分で考えてやっていくことができなければ世の中を渡っていくことも難しい状況になっているわけですから。

私が大学などで非常勤として授業を受け持ったり、あるいは集中講議で学生に話をする場合には、討論の機会をたくさんもって、自ら調べ、自分の意見を述べることを求めるようにしています。
知識を求めているのではなく、自分で知識の体系をひも解いて、自ら考え、意見を皆に発表することを重視しているのです。
あるいは、他人との関係性の中で正解を見つけていこうとする姿勢が大事だと考えているのです。
それは、私自身が気づけていなかったことでもあるからです。
英語を勉強してヨーロッパやフィリピンで英語を使ってディスカッションをやるようになって、「こういうやり方があるんだな」と気づかざるをえなかったからなんです。

学ぶことを学ぶ、生きることとはなにかを大事にする、道徳や価値をいったん疑ってかかることができるか、
合理的証拠をもいったんは疑ってそれでもなおやはりそれが大切であると納得して考えることができるか、
教える側と学ぶ側との間でなにを学ぶのかを協議することができないか……そういったことに取り組んでいかなければいけないだろうと思うのです。
さらには、問題や課題を発見できたときに、われわれ年齢も性別も生きる環境も異なる者同士がいったいなににおいて合意できているのか、どこまで互いに変わりえたのか、それは言い換えれば、絶えず自己解体をくり返すことに恥じないという姿勢が問われていることでもあるのです。

そうした姿勢があれば、どちらが「教育者である」ともいえないのです。
片方が多少物事を知っているからリードすることはできるけれども、議論が終わった後には、批判めいたことまでいかなくても、お互いの姿勢やディスカッションのありようを批評しあうことができるような開かれた教育観をもつようにならなければ、今後の社会は持続できないのではないかと考えます。

書かれたもの、しゃべったものには編集行為が可能なために事実と異なることも入り込んでくる余地があろうけれど、人の生き方だけはごまかせない。
つまり、日々を同じ姿勢で貫いてきた職人や肩書きと関係のない生き方をしてきた人の人生の中にこそ技や知恵があるという、長持ちする人間のありようというのは、かつての日本人に確かにありました。そういったことは村の中にいても感じ取ることができます。
知ることや覚えることよりもイマジネーションやインスピレーションが大事で、一人ひとりの気づきの体験というのは、覚えこんだことよりも、感じ取った真実として長く記憶に残るものです。
そのように、知識そのものよりも学ぶことに価値があるとする社会が「生涯学習社会」なのです。
ため込むのではなく、みんなで分かち合うことで、「違うかもしれない」とか「もう一歩先へいってみようか」という「ちがいとまちがい」に気づくことが大切なのです。

「みんなが同じであること」が当たり前であり恥ずかしくもないことと感ずるのが大衆の当たり前のありようであるとすると、
単に消費させられるだけの、あるいは広告の刺激を受け続けるだけの大衆消費社会の大衆が、自分たちが変わることによって広告を批判的に批評し、また自前の生産活動に関与し参加することができる一人の市民として生まれ変わることができるかどうか。
これは、旧来的な社会においてはエリートだけの特権であった「ちがいとまちがい」
が大切であるという気づきを取り戻せるかどうかという点にあります。
(つづく)