小久保裕紀の無償トレードに異議あり
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
阪神タイガースのセ・リーグ優勝パレードに65万人(主催者発表)を集めた11月3日、プロ野球界に『大激震』が走った。阪神を破り日本一に輝いた福岡ダイエーホークスがこの日、主砲の小久保裕紀を無償で読売巨人軍にトレードすると発表したからだ。翌日の新聞各紙はそれぞれ、「主力選手が無償で放出されるのは異例」(朝日1面ガイド)などと、小久保のトレード成立のニュースを大きく扱った。
小久保の無償トレードは『異例』ではない。プロ野球界ばかりでなく一般社会にとっても『異常』なことだ。各紙の報道を額面通り受け取れば、小久保の放出を決断したダイエー球団の経営責任者や球団取締役は、商法の特別背任罪に問われてもおかしくないからである。以下、筆者がそう考える理由について語ることにする。
営利目的の株式会社であるプロ野球の球団にとって、保有権をもつ(球団に所属する)選手は『経営資源』であり、『商品』でもある。小久保クラスの主力選手は、極めて貴重な『経営資源』である。球団にとって選手はまた、金銭、または交替要員と引き換えに移籍、つまり売買できる『商品』でもある。
小久保は、球団を買収して福岡に本拠地を置いたダイエー初の逆指名選手であり、選手のリーダーとしてチームを牽引し二〇〇〇年の日本一に貢献した。自らも本塁打王、打点王を獲得した実績もある。小久保クラスの選手であれば、高額な移籍金を得ること、あるいは複数の主力クラスの交換要員とのトレードが十二分に可能である。
今季のけがのため小久保はまだFA権を取得していないが、来季以降のFA権による、あるいはメジャーリーグとの「ポスティングシステム」による移籍であっても、ダイエー球団は、高額な移籍金か複数の主力クラスとの交換、あるいはその双方を得ること可能だった。
球団と契約する個人事業主である選手側からみると、選手の年棒は、その選手の球団経営への貢献度を反映する。移籍金もまた、その選手の評価の『物差し』になる。移籍金が高いほど、あるいは交換要員のレベルが高いほど、その選手の『評価』は大きい。
ダイエー球団の行った小久保の無償放出は利敵行為である。自らの組織の貴重な『経営資源』でもある『商品』を、移籍金も交換要員も求めず、ただでライバル球団に譲渡する行為は、明らかに自らの組織に大きな不利益をもたらす。
欧州サッカー界では、移籍金は巨額なものになる。日本とはスポーツ文化の違う欧州では、選手のトレードに伴う移籍金は『ビジネス』になっている。弱小クラブは有望選手を発掘し、彼を有力クラブに『売却』することによって多額の移籍金を得る。それによってクラブ経営が成り立っている。
サッカー界における日本のスーパースター、中田英寿がいい例である。欧州サッカーバブルの時代、イタリア・セリエAのパルマは、巨額の移籍金を支払って中田をローマから獲得した。サッカーバブル崩壊後、パルマがローマに支払った移籍金に見合う移籍先は見つからない。
中田自身も、パルマも希望しているにもかかわらず、中田の移籍が実現しない背景にはそういう事情がある。パルマが金融用語でいう『損切り』を決断しない限り、中田はパルマから出られない。中田はいわば本人の意思や責任とは無関係に、巨額な移籍金のため株や土地と同様に『塩漬け』になっている。
パルマのオーナーやクラブ幹部が中田の無償トレードを決断したとしたら――そんなことはありえないが――、サッカー界どころか社会全体から放逐されてしまうだろう。
話がだいぶ横道にそれたので本筋に戻す。小久保の読売巨人軍への無償トレードの理由について翌日の新聞各紙は、小久保と球団フロントとの対立や、小久保の高額な年棒が球団経営に重荷になった、などと推測している。立場、利害が違う球団フロントと主力選手が対立するのは当たり前だ。毎年の契約更改では厳しいせめぎ合いがある。年棒が高すぎるから無償で放出したなどという『説』は笑止である。
球団経営が苦しいなら、移籍希望をもつ小久保を一刻も早く、1円でも高い値段で金銭トレードに出すべきである。そして移籍金を球団の口座に入れ、滞った債務の支払いに充てるべきである。
ダイエー球団は速やかに小久保の読売巨人軍への無償トレードの経緯と理由を説明すべきである。いや、説明する義務がある。球団が説明しないなら、『当事者』の読売と報知以外の新聞各紙はこの『異常』なトレード劇の『真実』伝えるべきだ。いや、伝える義務がある。彼らの取材能力からすれば、そんなことはたやすいことだ。
球団や新聞各紙がそうしなければ、日本のプロ野球文化は壊れてしまう。いや、日本のスポーツ文化が壊れてしまう。小久保の無償トレードは、プロ野球界ばかりではなく、日本社会の『健全性』が厳しく問われるべき問題である。(2003年11月5日)
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