執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】

■神がブッシュを大統領に任命した

「神がブッシュを大統領に任命した」

「私の神は本当の神だ、イスラムの神は偽りの神だ」

「アメリカの敵の名前はサタンだ」

フランクリン・グラハム、パット・ロバートソン、ジェリー・ファルウェル等キリスト教右派の指導者達が大喜びしそうな発言が、米国防総省高官の口から飛び出して米メディアを揺るがしている。この高官は、今年6月に国防次官代理に昇任したウィリアム・ボイキン中将。ウサマ・ビンラディン氏やフセイン大統領の追跡に関わる諜報活動の指揮している。キリスト教福音派の集会に軍服姿で登場したボイキン中将の発言に対して、民主党やイスラム系団体が猛反発し辞任を要求している。

■追いつめられるカリスマDJ

「黒人クォーターバックの成功を伝えたいメディアが彼を取り上げているだけで、過大評価されている」

ボスキン中将以上に全米を騒がせているのが超保守派のカリスマDJとして知られるラッシュ・リンボウである。毎週全米で2000万人のリスナーを抱える人気ラジオトークショー「ラッシュ・リンボウ・ショー」でセンス溢れる毒舌ぶりを発揮し、人種やゲイ差別、女性軽視、環境保護者への冷笑発言を繰り返し、歴代のリベラル派を批判してきた。宿敵クリントン前大統領が姿を消し、今またハワード・ディーン民主党大統領候補の登場によって本来の毒舌の復活を予感させていた

しかし、スポーツ専門テレビESPNの番組「サンディ・NFL・カウントダウン」のコメンテイターも務めていたリンボウのフィラデルフィア・イーグルスのクォーターバック、ドノバン・マクナブに対するコメントが黒人に対する人種差別だとして抗議が番組に殺到、10月1日、責任を取って解説者を辞めることになる。

さらに数年前の脊椎手術と椎間板ヘルニアによる痛みから、不法に大量の鎮痛剤を服用していたことが発覚する。深刻な薬物依存に陥ったリンボウは、医療施設に入院していた事実も自ら告白する。また、鎮痛剤の購入経路において麻薬組織との関係が指摘されるなど、疑惑が次々と取りざたされている。

このラッシュ・リンボウもグラス・ルーツ団体を大同団結させたグローバー・ノーキスト主宰の「水曜会」と深く関係しており、選挙時には共和党の集票マシーンとして機能しているのである。

■共和党の十字架

「勇ましくも愚かしく、キリスト教右派に挑戦した最初の人物となった」

ニューヨーク・タイムズ紙は2000年の共和党候補指名で本命のブッシュをぎりぎりまで追いつめたジョン・マケイン上院議員をこう評価した。

1987年10月1日、後にクリスチャン・コアリションを創設することになるテレビ伝道師パット・ロバートソンが大統領選への出馬表明を行う。共和党5人、民主党7人の候補者が争った1988年の大統領選は、当時副大統領であったブッシュ・パパが制することになるが、保守派宗教票という「見えざる軍団」を率いて登場したロバートソンは、アイオワ州党員集会でブッシュ氏をしのいで2位に躍り出るなど「ロバートソン旋風」を巻き起こすことになる。

ロバートソンの台頭に、いち早く歓迎声明を出したのがドール候補(当時上院院内総務)である。「新しいグループが共和党に入ってくることは大いに結構」と表明した。以後、十字架に集う票が選挙戦の行方を左右してきたのである。2000年の大統領選を振り返ろう。

2000年大統領選、ニューハンプシャー州予備選翌日の2月2日、ブッシュはサウスカロライナ州のボブ・ジョーンズ大学を訪れ講演を行う。ボブ・ジョーンズ大学は「反カトリック」を旗印に掲げ、学生の異人種間交際を禁じるプロテスタント系大学でありクリスチャン・コアリションの牙城として知られている。これまでレーガン元大統領やブッシュ・パパ元大統領も選挙戦の際に訪れていた。

ニューハンプシャー州予備選でまさかの敗北を喫したブッシュ陣営が、クリスチャン・コアリションの支持を取り付けたフォーブス誌社主スティーブ・フォーブス候補に対抗するために選んだのがボブ・ジョーンズ大学訪問であった。

ニューハンプシャー州に勝利したものの、続くサウスカロライナ州でブッシュ候補に敗れたマケイン候補は、カトリック教徒の割合が高いミシガン州で再び勝利する。そして2月28日、クリスチャン・コアリションの本部に近いバージニア州バージニアビーチに乗り込み、左派のイスラム教黒人指導者ルイ・ファラカンやニューヨーク・ハーレムの黒人運動指導者アル・シャープトン(2004年大統領選出馬)、右派のパット・ロバートソンやジェリー・ファルウェルは、「不寛容のエージェント」と批判し、とりわけブッシュ候補を「パット・ロバートソン・リパブリカン」だと攻撃した。

それまでクリスチャン・コアリション批判は、共和党内ではタブーとなっており、有力者が次々と姿を消す中、マケイン旋風は、静かに、そして唐突に終焉を迎えることになる。

しかし、マケイン候補の「共和党再建のためには、キリスト教右派と明確に一線を画して、中間層に新たな支持層を構築しない限り共和党に未来はない」との主張は、極めて正当な主張であり、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの保守系紙も連日マケイン候補を支援する社説を掲載したほどだ。共和党を長く支えてきた伝統的保守派である大企業に属する経済重視のエリート中道保守層の抱えるジレンマがここに内在していることがわかる。

■米国での政治と宗教

キリスト教右派という十字架を背負い込んだブッシュ陣営に対して、民主党ゴア陣営は副大統領候補にジョゼフ・リーバーマン上院議員(2004年大統領選出馬)を起用する。敬けんなユダヤ教徒であるリーバーマンを起用することで宗教的少数者に対する「寛容さ」をアピールする目的があった。また、リーバーマンがクリントン大統領の不倫もみ消し疑惑を痛烈に批判したことから、モラル重視を意識しながら、保守回帰の中での保守層を取り込み、ユダヤ票の確保を狙ったのである。ユダヤ系はメディアでの影響力が強く、政治的関心が強いため、高い投票率となっており手堅い票を確保できる。ここで注目されるのは、民主党ですら保守回帰のうねりを無視できなかった点であろう。

1960年のケネディとニクソンの歴史的な大統領選挙では、ニクソン陣営はケネディがカトリック教徒であることを再三取り上げた。それまで、アメリカ大統領はすべてプロテスタント教徒であり、「プロテスタント国家」であるという暗黙の了解があったからだ。

しかし、リーバーマンが持論である宗教の重要性を前面に出して大統領選の遊説を展開したことで、合衆国憲法がうたう政教分離の原則を逸脱しかねないとの批判の声が上がった。

<合衆国憲法修正箇条>

修正第一条 連邦議会は、国教を樹立し、あるいは信教上の自由な行為を禁止する法律、または言論あるいは出版の自由を制限し、または人民が平穏に集会し、また苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない。

この修正第一条の解釈を巡って幾度となく様々な論争を生んできた。2000年9月20日に発表されたピュー・リサーチ・センターの世論調査結果によると、51%の回答者が「教会は政治問題で自らの見解を述べるべきだ」と答え、45%が反対している。また「政治家が自らの宗教について語ることは不快」と回答したのは50%、「不快ではない」が45%。「大統領は強い信仰を持つことが重要か?」の質問に対して、70%重要と答え、民主党支持者の70%に対して、共和党支持者は79%が重要と回答している点は興味深い。

また2003年7月24日に公表されたピュー・リサーチ・センターの世論調査結果では、アメリカ人の生活における宗教の影響力について、それまで「影響が増加している」が37%であったが、2001年9月11日の同時多発テロ直後の11月の調査では、「増加している」が78%に跳ね上がり、2002年3月には元の水準である37%、そして2003年7月には30%と宗教観が揺れ動く様子を如実に示す結果となっている。

2003年10月18日、ハワード・ディーン民主党候補はデトロイト郊外のディアボーンで行われたアラブ・アメリカン・インスティテュート・ナショナル・リーダーシップ・カンファレンスで、星条旗を指さしながら「この旗は、ボイキン中将やジョン・アシュクロフト(司法長官)、ラッシュ・リンボウ、ジェリー・ファルウェル、パット・ロバートソンのものではない。」と語り、聴衆はスタンディング・オベーションで応えた。「寛容さ」をアピールする上で絶好の機会となったのである。

いよいよ、本格的な大統領選挙戦に突入してきたようだ。(続く)

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