執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

8日、自民党総裁選が公示され、4候補が出そろった。午後に4候補による合同記者会見があった。国民の支持率を背景に強気の小泉純一郎首相に対抗して立候補するからには相当の迫力をもって戦いに挑まなければならないというのに藤井孝男、亀井静香、高村正彦の3氏にはほとんど政権を奪いに行くという気迫が感じられなかった。役人の会見を見ているようでまったく面白くない。

一つだけ、亀井氏が「高速道路の夜間通行を無料化する」と注目すべき発言をしただけで、目新しい政策提言はなかった。

3年前の小泉純一郎の登場はワイドショーのお株を奪うがごときメリハリがあった。政治が井戸端会議や床屋談義の話題となり、国民をわくわくさせた。事実、ほとんどのワイドショーが政治番組化した。株価が多少下がろうが、失業率が高まろうが、大方の国民にとっては改革への期待の方が大きかった。これが小泉効果と呼ばれたものである。

そんな小泉首相だったが、3年では構造改革はできなかった。鉄のトライアングルといわれた政官財の癒着構造がたった3年で壊れると誰も思っていなかったが、やがて党内からも批判の声が出てきた。

亀井氏が三日、発表した総裁選公約を少し吟味してみよう。

1.3年以内にGDPの名目成長率を2―3%の安定成長軌道に乗せる。緊縮財政をやめ、本年度に10兆円の財政出動する。

2.ペイオフ解禁、時価会計・減損会計は当面延期する。

3.都道府県警ごとの管轄を改め、治安対策を徹底強化する。

4.基礎年金を増額し、財源に消費税を充当する。

5.道州制を導入する。

6.早期に教育基本法を改正し、中高一貫制教育に移行する。

7.2年以内に憲法改正試案を作成、3年以内に国民投票をする。

1の積極財政による景気対策以外にはみるべき対立点はない。逆に構造改革への言及は一切ない。これでは困窮している地方の党員も時代遅れを感じざるをえない。

日本という国が景気対策をしたくともできないほど借金まみれになっているという実情は地方の人々の方がよっぽどわかっているはずだ。現実に巨額の公共投資を実施したことになっている小渕、森政権時代に、地方自治体による単独公共事業は半減しているのだ。

大規模な借金が金利上昇のマグマとなり、何かのきっかけでハイパーインフレが起きるという危機感も高まっている。インフレは通貨暴落の引き金となり、円の価値が10分の1、100分の1になったら、それこそ景気どころに話ではなくなる。

高村氏は「景気が悪い時の財政出動は財政学の初歩だ」などとノー天気なことをいっているが、経済政策にはどんなときにでも「副作用」を伴うもので、限度を超えた借金財政が国を滅ぼすということは自明の理である。

亀井氏を含めて、3氏とも景気対策の必要性を強調しているが、どうみても土建国家復活による利権回復を狙っているとしかみえない。亀井氏などは顔にちゃんとそう書いてある。

本来、小泉政治への対抗軸としては「改革が遅い」「改革が手ぬるい」といった手合いが登場しなければうそだ。若手グループが外交政策で小泉氏の対米追随を批判すれば面白いはずなのに、誰も出馬する勇気すらない。

郵政と道路公団民営化の論議について「橋本派つぶしでしかない」という議論がある。「でしかない」のではない。まさに財政投融資という透明性の低い財政制度こそが、残された政官の利権の争奪の場なのである。

ここを民営化し、合理化することによって、初めて日本の財政が健全化し、さらには官僚による利権支配が終焉するのだ。

橋本派の野中広務氏が怒っているのは小泉首相がまさにその本丸の改革に着手したからなのだ。

今回の総裁選で橋本派は青木幹雄氏の反対によって独自候補の擁立に失敗した。橋本派崩壊の前兆である。田中角栄以降、時の宰相を影からコントロールしてきた自民党最強の派閥が崩壊するということは、自民党の終焉を意味する。

今回の総裁選を迫力のないものにさせているものは、まさにこの一点にある。だれもが「小泉は気に食わんが、党を二分する戦いをすれば自民党が終わってしまう」という危機感を胸に抱いているからにほかならない。

小泉純一郎はほんとうに自民党を壊してしまうのかもしれない。