紳士たちの終わりなき夏の夜の夢(下)
執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】
■はかない夏の夜の夢
世界的な論調として、ベクテル・グループやチェイニー副大統領が会長を務めたハリバートンのイラク利権に関わる記事が溢れているが、2社が手にする利益は氷山の一角に過ぎず、マンダレー・ロッジのメンバーやマンダレー・ロッジ以外のユニット・キャンプのメンバーの経歴に記された企業名との関わりを調べていけば興味深いことがわかる。そして、企業にばらまかれた金が2004年大統領選の票となってリサイクルさせる狙いがあるようだが、はかない夏の夜の夢となる可能性も秘めている。
ニコラス・F・ブレイディ元財務長官とピーター・M・フラニガン元大統領補佐官の関係するディロン・リードは、名門投資銀行として、かつてはダグラス・ディロン会長もアイゼンハワー政権(民主党)で国務長官、ケネディー?ジョンソン政権(民主党)で財務長官を務めるなど多くの政府高官を輩出した。しかし、1980年代に入って、トラベラーズに買収され、1981年にはベクテル・グループの投資子会社セクオイア・ベンチャーズ傘下となり、1991年にはベアリングの資本参加を受け入れる。1997年6月にはスイス銀行の投資部門であるSBCウォーバーグに買収され、社名をSBCウォーバーグ・ディロン・リードに変更するが、同年12月には親会社であるスイス銀行がスイス・ユニオ銀行(UBS)と対等合併し、ユナイテッド・バンク・オブ・スイス(新UBS)となり、UBSの投資子会社としてウォーバーグ・ディロン・リードに再び社名変更される。
つまり、かつての名門投資銀行ディロン・リードは、度重なる買収の標的にされ、社名変更を繰り返しながら、現在は異国のスイス最大の銀行UBSの傘下にある。
また、日本でも知人の多いマイケル・H・アーマコスト元駐日米国大使は穀物メジャーであるカーギル(ミネソタ州ミネアポリス)の取締役である。ベクテル・グループと同様にカーギルも非公開企業のため詳しい業績は入手できないが、フォーブス誌の非公開企業売上高ランキングでは20年近く首位の座を守っている。そして2001年のカーギルの売上高は508億ドルであり、ベクテル・グループとの差は歴然としているのである。
カール・E・ライチャート現フォード副会長は、1982年からサンフランシスコを本拠地とする全米第10位の名門銀行持ち株会社ウェルズ・ファーゴの若き元会長兼CEOであったが、このウェルズ・ファーゴも1998年には、11位のノーウェスト(ミネソタ州ミネアポリス)と合併し、新生ウェルズ・ファーゴとなる。合併後も本拠地はサンフランシスコに置くものの、業績の伸び悩みが顕著化したウェルズ・ファーゴを好業績のノーウェストが買収したもので、取締役会もノーウェスト主導で再編されることになる。
現在のウェルズ・ファーゴの取締役会では、コバセビッチ会長兼最CEOがカーギルの社外取締役であり、世界食品卸業売上高ランキング第1位のスーパーバリュー(ミネソタ州ミネアポリス)のマイケル・ライト会長兼CEOが、ウェルズ・ファーゴとカーギルの社外取締役になっており、2件の取締役兼任で両社は結合しているのである。
成長神話に陰りの見えてきたマクドナルドがイラク進出に向けて本格的に動き始めている。イラクにひときわ目立つ黄色い『M』の文字が建ち並ぶ日は遠くないのかもしれない。しかし主導するのはミネアポリス連合であり、本来のボヘミアン・グローブの夢が伝わるかどうかは疑わしい。
■情報伝達ネットワークとしてのクラブ
スタンフォード大学国際問題研究所の評議員を永年勤めている日本人がいる。小林陽太郎富士ゼロックス会長(前経済同友会代表幹事)である。小林富士ゼロックス会長は、NTT、ソニーの社外取締役を務め、国外ではジョージ・シュルツ・ベクテル・グループ取締役が会長を務めるJPモルガン・チェース国際委員会のメンバーであり、トライラテラル・コミッション(三極委員会)のアジア太平洋委員会委員長である。
イラク開戦前後の小林経済同友会代表幹事の発言には、「割り切れない感触」「どうもスッキリしない」「残念の一語に尽きる」など、個人的な無念さが読みとれる。この言葉は、米国財界の声をも代弁しているのかもしれない。
しかし、彼らの属するサークルでは21世紀の「アメリカ株式会社復活プラン」の緻密なシナリオが描かれているようだ。紳士的な風貌の裏には、この計画の実現のためには手段を選ばない残忍さがつきまとう。
1993年1月20日付け日経産業新聞の『変革担う「クリントン政権」-富士ゼロックス会長小林陽太郎氏』で貴重なコメントを残しているので紹介したい。
『社内の調査部のリポートや米国の新聞、雑誌に広く目を通しているが、様々な人を通じての情報が大部分を占めている。私は大学関係ではペンシルベニア大のウォートンスクールやスタンフォード大国際問題研究所、ハーバード大アジア関係問題研究所などの評議員を務めている。これらの評議員会にはシュルツ元国務長官、ボルカー前FRB(連邦準備理事会)議長、ハーバード大のボーゲル教授といった人々が名を連ねていて、会合に参加した際に様々な情報が入ってくる。
ビジネス関係でも年7回のゼロックス取締役会のほか、JPモルガン(注・当時)の国際諮問委員会に出席している。これらの会議でも出席者からいろいろな話が聞ける。昨年12月、クリントン政権の政権移行委員会のバーノン・ジョーダン委員長(注=拙稿ビッグ・リンカー参照)にお会いして、話を聞くことができたが、彼はゼロックスの社外重役(注=社外取締役)でもある。
大学の評議員会や取締役会はリゾートホテルなどに泊まり込んで開くことも多く、長く続けていれば個人的な関係も生まれてくる。雑誌や新聞などを読んでいて、疑問や気になった点を直接電話で聞いてみるといったこともできるようになる。』
つまり、大学の評議委員会や大企業や主要金融機関の取締役会、企業や政府の諮問委員会、有力経済団体、そして紳士やエリートが集うボヘミアン・グローブに代表されるクラブが情報伝達ネットワークのコアとして機能しているのである。また、個人的な関係を象徴する一例として讀賣新聞が報じた内容を紹介したい。シュルツ・ベクテル・グループ取締役のサンフランシスコの自宅には小林夫妻専用の客室があるとのことだ。
■イラクに巣を張るスパイダーマン
世界的な規模で多数の企業や機関と金融業務を行う少数のマネーセンター・バンクは情報やコネクションの一大集積場所となっており、情報伝達ネットワークの中心的地位を占めてきた。
ボヘミアン・グローブが位置するカリフォルニア・太平洋、そしてメロン・ペンシルバニア、シカゴ・クリーブランド・中西部に代表される地域銀行によって結びつく地域企業グループも、抵抗と協調を繰り返しながら、地域色を残しつつ、ニューヨークを中心とするマネーセンター・バンクに統合されてきた歴史がある。
8月29日、イラクを占領統治する米英の暫定占領当局(CPA)は、7月に新設したイラク貿易銀行の運営に対してJPモルガン・チェースを中心とする13行からなる国際銀行団に委託することを発表した。イラク貿易銀行は戦後のイラク復興を支える基盤組織の一つと位置づけられており、資本金は最大1億ドル(約120億円)を予定し、500万ドルはCPAが拠出、残りの9500万ドルについては、石油輸出収入を裏付けとした国連の復興基金で手当てされる予定である。参加する銀行団は、石油関連施設や発電、水道などのインフラの復旧に必要な物資をイラクへ輸出する企業の斡旋を行うことが出来る。
JPモルガン・チェース以外の12行は、オーストラリア・ニュージーランド銀行・グループ(豪)、スタンダード・チャータード(英)、クウェイト国営銀行、ミレニアム銀行(ポーランド)、東京三菱銀行(日)、サンパウロ銀行(イタリア)、ロイヤル・バンク・オブ・カナダ、クレディ・リヨネ(仏)、アクバンク(トルコ)、バルセロナ貯蓄年金銀行(スペイン)、スタンダード・バンク・グループ(南アフリカ)、ポルトガル商業銀行となっており、ドイツ勢が姿を消した。
最終選考に残ったのは、JPモルガン・チェース以外にバンク・オブ・アメリカ(米)、バンク・ワン(米)、シティグループ(米、ドイツ銀行、三井住友フィナンシャルグループ参加)、ワコビア(米)、HSBCホールディングス(英)の各行が率いる企業連合であったが、サダム一族のメインバンクであったラフィダイン銀行と結びついていた2行のうち、HSBC・ホールディングスが敗れ、JPモルガン・チェースと組んだフランスのクレディ・リヨネがしっかり残っている点は興味深い。
このあたりの裏事情はジョージ・P・シュルツ、デビッド・ロックフェラー、ヘンリー・A・キッシンジャー、ライリー・P・ベクテル、小林陽太郎等のJPモルガン・チェース・サークルのメンバーのみが知る。
そして、名門ケネディ家に繋がるアーノルド・シュワルツェネッガーが二人の経済顧問に囲まれた映像が映し出される。ひとりが民主党員のウォーレン・バフェット、そしてもうひとりがジョージ・P・シュルツである。
「ロックフェラー・リパブリカン」と呼ばれる伝統を受け継ぐ人々が送り込んだターミネーターの挑む相手は、共和党乗っ取りを企てる異端児ネオコンとキリスト教右派に支えられた南部・西部連合である。
すでに妊娠中絶や同性愛者の権利を巡って、ルイス・シェルドン率いる宗教保守勢力「伝統的価値連合」とターミネーター連合の壮絶な戦いが始まっている。
目的のためとはいえ、異端児をも引き入れてしまった伝統派の責任は重い。共和党の分裂に繋がる可能性もある。
今年のボヘミアン・グローブにはカール・ローブ大統領上級顧問の姿もあったようだ。ローブのブッシュ再選戦略にも修正が迫られているのかもしれない。(おわり)