執筆者:堀田 佳男【ワシントン在住ジャーナリスト】

クリントンがゴルフ好きなことはよく知られる。政権時代、ウィークデーでも公務時間に余裕があればホワイトハウスを抜け出してクラブを振った。

90年代後半のある穏やかな春の日だった。午後2時過ぎにホワイトハウスの記者室に座っていると、突然広報課からアナウンスが流れた。

「大統領は今からゴルフに行きます。プール取材(代表取材)記者はすぐに所定の場所に集まってください」

「またゴルフかよ。いいかげんにしてくれよな」

ニコンを手にしたカメラマンが嫌そうに言った。プール取材はアメリカの報道機関が順番に記者をだして取材情報を共有する。わたしはそのサークルの中にいないが、知り合いの記者からジューシーな情報を得ている。

ブッシュもクリントン同様、悦びをこらえきれないほどゴルフが好きである。かつては、バスフィッシングとジョギングのことで頭のほとんどが占領されていると思っていた。だが、「できればプロゴルファーになりたかった」という邪念を抱いているに違いないほどのゴルフ狂であることを知った。

7月3日午後2時46分。ブッシュはホワイトハウスをスッと離れた。向かった先はアンドリュー空軍基地。ここは大統領専用機のエアフォース・ワンが置かれている空港で、ゴルフ場やボーリング場などのスポーツ施設もあわせ持つ。18ホールのコースが3つもある壮大な敷地が広がる。

3時20分に到着したブッシュは、ブルーのベースボール・キャップに、やはりブルーのズボンとジャケットという出で立ち。1人でラウンドするわけではない。かたわらに3人ほどお供がいる。1人は商務長官のドナルド・エバンズ。そして住宅都市開発省の副長官アルフォンソ・ジャクソン。もう1人はゴルフコースの支配人、マイク・トーマスだ。木曜日の午後3時半と言えば、気合いの入ったサラリーマンであれば腕まくりをして「さあ、もうヒト仕事」という時間である。「お供」も要職についているので、やるべき仕事は山とあるはずだ。が、ゴルフである。

トーマスを除いた2人はテキサス州時代からの知己で、ブッシュ政権誕生後、じきじきに任命されて政権入りした。エバンズは入閣前、「トム・ブラウン」社という年商1400億円の石油・天然ガス会社の社長で、ブッシュの知事選と大統領選に尽力した。ジャクソンも以前は年商1兆6000億円の「アメリカン電力」社のテキサス本社社長で、ブッシュとはやはりツーカーの仲である。2人ともむろん億万長者である。

プール取材記者は片時もブッシュから目を離さない。ゴルフボールが頭部に当たる、カミナリに打たれる、カラスにつつかれる、熱射病で倒れる、すべてがニュースになるからだ。プライベートのゴルフにまで付きまとうプール取材記者にブッシュは一言。

「テレビカメラで撮らないでね」

それから3日後。芝生の上でクラブを振る快感をいま一度とばかり、ブッシュはホワイトハウスを離れた。公務でアンドリュー空軍基地に向かうときは「マリーン・ワン」という海兵隊のヘリコプターを使うが、プライベートのゴルフであるため「地上部隊」で向かう。「地上部隊」はサイレンを鳴らした警察車両を先頭に、11台の政府専用車でゴルフ場に向かった。もちろん信号は無視して進む。その11台の車両のどれかにブッシュが身を潜める。

その日は午前7時半にホワイトハウスを発った。エバンズもまた一緒である。ただジャクソンの代わりにローランド・ベッツという男が加わった。ベッツはエール大学時代からの悪友で、ディズニー映画の制作費を捻出する企業の社長だ。ブッシュが大リーグ球団テキサス・レンジャーズを買収したときの共同パートナーでもある。こちらもミリオネア。

テレビや新聞では、ブッシュはイラク問題で民主党から突き上げられ、経済の成り行きから再選を憂慮し、ゴルフどころではないように見える。ところがプライベートのブッシュを見る限り、地球上にこれ以上満悦の体でいられる職務はないと思えるほどのはしゃぎようなのだ。これがブッシュの姿である。(文中敬称略)

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