ネクスト・ターゲット
執筆者:堀田 佳男【ワシントン在住ジャーナリスト】
「次はサウジでしょう」
彼はさらりといった。イラク戦争が収束してきたので、アメリカが次に「オトス国」はどこかという話をしていると、彼はまるでアメリカ政府の次なる大型公共事業が談合で決まったかのように滑らかにいった。首をひねって大脳を働かせる間もなく「サウジ」という国名をだしてきた。
それがスターバックスで隣の席に座った学生の言葉であれば何も気にしない。だがブッシュ政権内の、ある部署で働く人物だけに、「そうですか」と簡単に受け流せないのだ。
最初に彼と会ったのは15年以上も前のことである。ワシントンのロースクール(法科大学院)を出たばかりの弁護士だった彼は、将来の夢を「政権のなかで働くこと」ときっぱりと言った。ブッシュ政権になって見事にそれを実現させた彼は、いまさらに上を目指している。アメリカではそれを「ソシアル・ラダー(社会的なハシゴ)を登る」と形容する。アメリカには日本のような国家公務員試験がないので、官庁内に空席ができれば基本的に補充されていく。だが、役職はすべて政治任命なので「お呼び」がかかった者が政府高官になる。しかもほとんどが民間人だ。政権が代わるたびに3000人ほどが入れ替わる。
その日、サウジアラビアが次の「オトシどころ」と言った彼は理由をこう語った。
「アメリカがいま中東でもっとも民主化させたい国はサウジアラビアとイラクなんですよ。ひとつは原油でしょう。埋蔵量は世界第1位と2位です。何10年かすれば石油の代替エネルギーができるでしょうが、まだ原油は大変重要です。安定供給をはかるためには2国の政治的安定をはかることが必須です。二つ目はテロ対策です。サウジのサウド王家はいちおう親米派ですが、国民は違う。オサマ・ビンラディンはサウジアラビア人です。国際テロの巣はサウジ国内にあるといえるんです」
サウジアラビアという国名があたまから離れなくなった時、国防長官ラムズフェルドに強い影響力をもつ国防政策諮問委員会のリチャード・パールがサウジアラビアについて触れた。
「サウジアラビアから国際テロ組織へ流れる資金を早急に絶つべきだ。それがテロ活動の資金源になっている。いま世間はこの点にあまり注目していないが、最も急を要する外交課題だろう。イラク戦争後、何をどうすべきか知るべきだ」
こうした言説を直接ナマで聞くと、次なる米軍の標的が目の前にチラチラしてくる。さらにシリアとイランの名前も浮上している。ラムズフェルドは3月28日、両国を名指しで批判。イラクへ軍事物資を供給する国はイラクと同じ運命を辿るとほのめかした。
「ちょっと待ってよ。追いついていけない」
いまの正直な気持ちである。イラク戦争がほぼ終結したとはいえ、ワシントンではすでにその3国の名前が浮上してきている。しかも話はかなり進んでいるのだ。リベラル系のシンクタンクとして、本来であればブッシュにアッパーカットを食らわせるべきブルッキングズ研究所のケネス・ポラックもシリアの話にはイケイケなのである。
「シリアがイラクへ武器供与している情報は過去数ヶ月、米諜報機関内で出回っている。無視出来ないほど確かな情報だ。ブッシュ政権内ではシリアが次なる(軍事攻撃の)対象国になる方向で議論がなされているはず。私もそれを望む」
さらに国務次官のジョン・ボルトンが4月1日、イランへの軍事攻撃も口にしており、ブッシュは新しい山を自分で創って飛び越えたいように思える。
NPO(非営利団体)の「フリーダム・ハウス」によれば中東地域22カ国のうち民主国家は1国もない。共産主義のドミノ理論ではなく、武力による「アメリカ式強制民主化」というドミノが今後、中東諸国で倒れようとしている。
堀田佳男のDCコラム「急がばワシントン」4月10日から転載
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