執筆者:中野 有【ブルッキングス研究所客員研究員】

紛争後の復興支援と紛争を未然に防ぐためのコストには、大きな違いがある。物理的な側面のみならず、社会的側面を考慮すると格差はさらに広がる。悪の枢軸の一環であるイラクは、不幸にも破壊からのスタートとなった。イラクの次は北朝鮮、という空気が次第に増してきたように思われてならない。ワシントンのシンクタンクでは、北朝鮮問題のセミナーが続いている。北朝鮮に関しては、紛争を未然に防ぐ予防外交がいかに重要であるか考慮してみる必要がある。それをコストの面から考えてみたい。

イラクの復興支援に年間2兆円が必要で、その大部分はインフラ整備や人道的援助でなく7万5000人の米軍の駐留のコストに消えてしまうという見方が本日のニューヨークタイムズに載っていた。その復興支援は、恐らく数年単位でなく何十年となろう。イラクの豊富で収益率が高い油田が、戦利品として使われようが、いくらなんでも国際社会は、それが米軍のために使われることは認めないであろう。戦争に勝利してもアメリカンスタンダードが、簡単に蔓延しないどころか、復興のコストは予測を上回ると考えられる。その教訓が生かされ北朝鮮問題は、外交努力に重点がおかれることを望みたい。

コストの面から考えると、石油という戦利品を持ち合わせていない北朝鮮は米軍の攻撃対象にならないとの見方もできる。一方、北朝鮮はイラクのように石油マネーがない故に、大量破壊兵器の輸出や麻薬取引等を通じ、米国や国際社会に脅威を与えており、予防防衛の視点から先制攻撃の対象になるとも考察される。それを証明するように、ボルトン米国務次官は、北朝鮮のような「ならず者国家」は、イラクの教訓を学ぶべきであると述べている。

イラクの教訓とは、紛争を如何に回避することであるかを米国は学ぶべきであると反論したい。特に、コストと社会的側面を強調したい。数年かけ、北東アジアの開発に関わる専門家が、北朝鮮やその周辺を含む基本的なインフラ整備にかかるコストを実務経験のみならず計量経済も駆使して算出した。

そのコストは、年間1兆円で10-20年である。イラクの復興支援の半分である。この予防外交に則った経済協力で北朝鮮問題が解決できるのかという基本的な疑問が湧いてこよう。

最大の疑問は、北朝鮮が経済協力を望んでいるかである。「戦争か平和」かというシナリオが、北朝鮮に示された場合、平和を選択すると信じるかどうかである。米国のムチという先制攻撃の脅しが、北朝鮮に平和への道を選択させることもあろう。北朝鮮の立場に立てば、核開発の目的は、抑止力を機能させるためである。決して核による先制攻撃でない。「窮鼠猫を噛む」まで北朝鮮が追い詰められれば別であるが。フセインも最後まで大量破壊兵器を使用できなかった、或いはもともと存在してなかったとすると、北朝鮮も恐らく例外ではないであろう。

北朝鮮が望むところは、米朝間の不可侵条約であり、金体制の存続である。米朝の対立が不安定要因を醸成しているとすると、その対立を取り除くことである。北朝鮮が大量破壊兵器や麻薬に関与しなくとも北東アジアの重要なプレーヤーとしてやっていける環境を創出すればよい。

換言すれば、国際社会は北朝鮮が何と言おうと韓国の太陽政策の大型版を北東アジア連合で形成すればよい。北朝鮮にエネルギー、食糧支援のみならずインフラ整備まで行うとき北朝鮮はますます軍事費を増強させるとの疑問が起ころう。多国間協力でインフラ整備の支援を行うための前提条件に、北東アジア諸国、国連、また欧米の監視を入れればよい。

もし仮に北朝鮮が第2のイラクになった場合、このように国連や多国間協力を通じた復興支援が始まろう。このコストは天文学的数字となろう。まさに、北朝鮮問題がクローズアップされる今、紛争を未然に防ぐ視点でのインフラ整備や経済協力、人材育成等の支援策実現に急を要する。

20世紀の日本は、富国強兵、戦争、敗戦、被爆国、世界一の政府開発援助とあらゆることを経験してきた。これらを総合的に生かした最もコストのかからない安全保障のメカニズム、すなわち経済協力に主眼をおいた協調的安全保障を北東アジア諸国のみならず欧米も参加し構築することで北朝鮮問題を紛争なしで解決できよう。

米国の妥協なき姿勢を北朝鮮がイラク戦を通じ学び、中国やロシアが外交努力を活発化させるこの時期に、日本は韓国と協力し、イラクへの復興支援にばかり集中せず予防外交の視点より北朝鮮問題に本腰を入れるべきであろう。日本にのしかかる米国の破壊を通じた復興支援のことを考えれば、日本の周辺においては米国をリードする日本の北東アジア構想を提案せずにいられない。

中野さんにメールは E-mail:TNAKANO@BROOKINGS.EDU