世界とアメリカで広がる情報ギャップ
執筆者:大西 広【コロンビア大学東アジア研究所】
米英軍の死者・行方不明者数が百人を超し、それがベトナム戦争時のような反戦の空気に繋がるのかどうか、ここアメリカに居て気になるところであるが、現在のところはテレビ等マスコミの翼賛報道が激しく、一旦盛り上がった反戦運動にも打撃を与えている。
「アメリカの良心」を自認するCNNはさすがに多少の配慮を感じさせるが、さして多くの記者を持っているはずのない地元のコミュニティー紙まで連日何ページもの戦況報道をしている。ペンタゴン情報の横流しは彼らにとって最も安易で問題を起こさせない報道姿勢であり、その結果どの新聞もがタイトル以外何も違わない内容しか書かなくなっている。日本の戦時中の新聞もこうだったのだろうか。死亡した地元の兵士を英雄視した報道も目立ちはじめた。
そうした空気の中で更に気になる現象も起きてきている。民主党ケリー議員の「レジーム・チェインジ」発言への議会内での集中砲火は日本でも報道されているが、私の所属するコロンビア大学でもある教員が「アメリカは負けるべき」と発言したということで集中砲火を浴び、戦争支持派の学生団体に教員攻撃の署名運動をされるという事態が発生している。星条旗を掲げたこの署名コーナーにはあるアジア系学生が軍服を着てその「愛国心」を表現していた。
また、私の住むクイーズ区でも小規模ながら戦争支持派のデモンストレーションが開催され、新聞・テレビはそれを大々的に報道している。9・11の直後に家々に掲げられた星条旗が再び各家庭で掲げられるようになった。この間ずっと反戦バッジをつけて歩いていた私も周囲の目が大変気になるようになって来ている。
しかし、ここで考え込んでしまうのは、こうした報道とインターネットを通じて読む日本の報道との大きな落差である。これはもちろん、日本の報道姿勢を問題にしたいのではなく、戦争当事者たるアメリカの報道の偏りを憂慮しての話である。クラスター爆弾などの「大量破壊兵器」(と私は思う)の米軍による使用はインターネットで日本の新聞を見ないと私も知ることができない。アメリカ軍に殺されたイラクの市民の映像も然りである。
とりわけ、この問題を深刻に思うのは、こうした認識ギャップが単に日米間のギャップに止まらないことである。日本の新聞報道を見る限り、スペインでもイタリアでもドイツでも、そしてタイでもフィリピンでもお隣りの韓国でも大規模な反戦デモやストライキが繰り返されている。ということは、それらの諸国での戦争報道は日本と同じくより中立的なものとなっているのだろう。あるいは、アラブやイスラム諸国ではもっと違った報道となっているものと思われる。つまり、ここに来て戦争に突入して以来、アメリカと他国との情報ギャップが一気に拡大しているのである。
良きにせよ悪しきにせよ世界に絶大な影響力を持つアメリカの認識がますます他の諸国のそれと乖離をして来ている。そうしたアメリカが「イラク戦後」も世界を指導し続けようとするのであれば、世界はますます不安定化せざるを得ないだろう。本当に恐いのはそんな「イラク戦後」かも知れない。
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