戦争or平和的手段による国際秩序の構築
執筆者:中野 有【ブルッキングス研究所客員研究員】
春のぽかぽか陽気の中、ワシントンのブルッキングス研究所のすぐ斜め後ろにあるイラク大使館をかすめながら、各国の大使館が並ぶデュポンサークル周辺を散策した。たまたま、ウッドロー・ウィルソン大統領のハウスを見つけた。その記念館の説明を聞き考えさせられた。思わず「ウィルソン大統領なら、イラク戦にどのように臨むのでしょうか」との質問を発した。
ウィルソン大統領なら、国連の同意のないイラクへの武力行使を認めず、さらに新たなる国際秩序構築の絶好の好機と考えるだろうとの答えが返ってきた。1919年のパリ講和会議で、ウィルソン大統領は国際連盟設立を呼びかけた。英、仏、伊、日が連盟に参加し、後から露が入った。しかし、アメリカは、ウィルソン大統領の提唱にも関わらず本国の反対で参加できなかった。ウィルソン大統領は、現実の問題に対処するというより、究極的な理想主義を貫徹しながら、永続的な平和の基礎として国家の平等と権利の平等を主張した。
84年後の本日、ブッシュ大統領は、ポルトガル領、アゾレス諸島で英、スペイン、ポルトガルの首脳と協議し、米英の修正案が認められない場合、国連の決議なしでイラクへの武力行使に踏み切るとの考えを示した。民主党の理想主義者であるウィルソン大統領と違い、共和党のブッシュ大統領は、対極的な政策を採ろうとしているが、両者に共通するのは平和を創造することであり、その手段として軍事を使うか、軍事なき外交に頼るかである。両者とも国際秩序の構築を目指していることには何ら変わりがない。換言すれば、破壊から新たな国際秩序を生み出すか、紛争を未然に防ぐ予防外交を通じた国際秩序の構築を目指すかである。
どちらが正しいかは、歴史が判断しようが、ウィルソン大統領の理想主義は、20世紀の初頭においては機能しなかった。ブッシュ大統領の決断に関し、研究所の友人は、米国の歴史を考察すれば、広島や長崎の例が示すように破壊からの創造をアメリカは選択するし、また911の悲劇がそれを助長しているとの考えを示した。
筆者は、先制攻撃を否定しない。国際テロ撲滅のためには先制攻撃も必要と考えている。アメリカが本当にイラクが脅威であると考えており、そして大量破壊兵器による切羽詰った脅威に直面しているなら、とっくの昔にアメリカは先制攻撃を仕掛けているはずである。ここまで話し合えば先制攻撃でない。アメリカは、イラクの保有する大量破壊兵器を緒戦の攻撃対象にすると考えているなら、どうしてその場所にIAEAの査察が入らないのであろうか。
ブッシュ大統領は、軍事力による国際秩序の構築を考えている。仏、露、独の「平和の枢軸」は、和の精神を持って国際秩序の構築を実現しようとしている。換言すれば、新生イラクの国造りに急ぐあまり世界の国際秩序を一時的に破壊しようとしているのがアメリカであり、20世紀の戦争の歴史を踏まえ、現実主義的理想主義を唱えているのがフランスをはじめとする世界の潮流であろう。
大いなる理想による国際秩序の構築が求められている。アメリカもフランスも大いなる国際秩序の構築を目指しており、両者とも少なくとも世界平和を願っている。3月17日のXデーにて、ブッシュ大統領は近視眼的な一国排他主義による国際秩序の構築を目指すのであろうか。ブッシュ大統領が望む選択が実行されたときの勝利者は、国連やアメリカ、ユーラシア、アフリカの分断を成功させ、アメリカを孤立させた国際テロ組織となろう。よりによって、世界経済が弱っているときに破壊を通じた国際秩序の構築が実施されようとは。
この調子でアメリカが国際秩序の破壊、それとも構築を進めるなら、中近東に並ぶ火薬庫である朝鮮半島において、どのような展開が待ちうけているのであろうか。北東アジアのビジョンを戦略的に練り直さなければいけないと感じる。北朝鮮はアメリカの暴走をどのように見ているのであろうか。イラクへの軍事政策が北朝鮮を妥協させるとの見方もあろうが、北朝鮮が核を保有しているとの見解が正しければ、破壊による北東アジアの構築というオプションは存在してないだろう。
もう、すでに「パンドラの箱」は開かれてしまった。いずれにせよ、歴史的瞬間にどんでん返しが起こる可能性もある。そのチャンスとは、中東和平とイラク戦回避と国際秩序の構築であろう。フセイン大統領が無条件に国際社会の要求に応じるにあたり、フランスに頼めばすべてうまくいくのではないだろうか。ブッシュ大統領とシラク大統領は、電話でなく直接会って最終的な談判を行うべきであろう。また、こんな時こそ、G8という場があるのではないだろうか。1975年にジスカール・デスタン大統領の提案でパリ郊外ではじまったG8を緊急に開催すべきである。国連が機能しなければ、最終的手段としてG8が存在しており、それがきっかけとなり21世紀の国際秩序の構築へと発展すべきであろう。
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