執筆者:中野 有【ブルッキングス研究所客員研究員】

海外で働きたいとの夢が叶いイランーイラク戦争の真っ只中のバクダッドへ赴任したのが1981年の夏であった。英語も海外も知らない新入社員が、チグリス川のほとりで戦争に遭遇した。戦時中なので戦争に出くわして当然であるが、チグリス川に並ぶ高射砲からイランの戦闘機に向け放たれた閃光と轟音に接し、恐怖を通り越し「これが戦争」だと感じた。一瞬の出来事であったが、世界と日本の現実の格差はそこにあった。

タクシーに乗っても簡単な英語さえ通じない。ドライバーには、手まね物まねの英語と片言のアラビア語で接するしかなかった。そこで最初に学んだのが、「インシュアラー」「アクムシケラ」「ブックラブックラ」という奇妙な言葉であった。これは、アラブ特有の「アラーの神のみぞ知る」「ノープロブレム」そして「明日」という意味であるらしい。世界との比較ができない20代前半の若者にとって、イラクのいい加減さ、いや文化に文句をいうだけの知識は備わっていなかったが、振り返ればアラブのいい加減さは、世界でも超一流だと確信できる。

とにかく時間の尺度が異なっているのである。そのいい加減な国に対して、アメリカの弁護士的なシロをクロにし、クロをシロにする手法で責められれば、普通の国でも「無法国家」に格下げされてしまうだろう。何かで読んだアメリカのジョークであるが「サダムフセインとコブラと弁護士を一発の銃弾でしとめるにあたり弁護士が一番の的になる」とのアメリカ人の感覚からいくと国際社会で最も敵に回したくないのはアメリカの法的な手法かもしれない。

そんなアメリカがバックについていても、国連は国連でアメリカのスタンダードでないので国連の査察もうまく進まないのは当然だろう。しかし、ウイーンの国連機関で勤務しているとき抱いたIAEAのイメージはユダヤ支配による核拡散の防止であった。それゆえに、もしIAEAの中枢が本腰を入れればイラクが隠す物的証拠も現れていいはずであるが、そうでもなさそうである。

イラクのいい加減なインシュアラーとアメリカの弁護士的手法が絡み合うはずがない。その間に国連のIAEAが査察として入っているのだが、最新のハイテクで完璧な査察を行っているか疑問である。

昨日、ロシア人で元KGBの人から、ロシアのイラク攻撃に対する姿勢を聞いた。彼の個人的な考えであるが、しきりに戦争は回避できると述べていた。アメリカの専門家やワシントンの日本人からも戦争を回避できると考えている人は、浮いてしまっているので新鮮に感じられた。昨日のブッシュ大統領とプーチン大統領の電話会談の時点では、ロシアは拒否権を使う可能性は低いとの見方が多かったが、本日のニュースでは、米英の国連決議案に対しロシアが拒否権を使うだろうとのことである。

ロシア、フランス、ドイツの「平和の枢軸」のみならずアラブ諸国、アフリカ、アジアの多くを敵に回しても、本当にアメリカはイラク攻撃を決行するのであろうか。新月のこの1週間が勝負という人がたくさんいる。でも、アメリカのテロ危険度がオレンジからイエローに格下げ(?)されたことを考えれば、テロ危険度は下がっているのである。戦争を仕掛けると同時にテロが発生する可能性が高いのならまさか国民を欺くこともないと思われる。

20万以上の米軍がイラク攻撃態勢に入っており、もう戦争が始まっているとの表現も使われている中、戦争回避は可能なのであろうか。もし仮に戦争が回避できれば、どれほど人類やこの美しい地球にとってプラスになろうか。宇宙から見る現在の地球の映像を見ると理想が広がる。

http://www.fourmilab.ch/cgi-bin/uncgi/Earth

理想のない外交政策や平和への想いが対立を調和に一変させるとは考えられない。理想主義と非難されようが、戦争と平和の紙一重の状況の中であえて理想を描きたい。

イラク戦争が回避された時の状況を考えてみよう。アメリカの最大の意図はイスラエル問題と中東再編であるとすると正当な理由で米軍をペルシャ湾に駐留させることでイスラエルにとってプラスになろう。アメリカの軍事力とフランスの外交力の両輪が絡み平和が達成されることにより、新たな国際秩序が形成されよう。日本がアメリカを支持したことにより、朝鮮半島問題の危険度が低下し、日本の国連常任国への道も開かれるだろう。国際テロ撲滅に関しても、諜報活動や経済協力を重視した活動が主流となろう。

ハッチントン教授は、99年5月のフォーリンアフェアーズの論文の中で、「現在のアメリカという超大国と地域大国、そしてナンバー2の地域大国のパワーと文明によって規定されていることを認識しつつ、今後は大国の1つとして存在していく道をアメリカは学ぶべきだろう」と達観している。

インシュアラーで代表される悠長なイラクは、アメリカや日本の常識とは異なっている。また、アメリカの自由は、インシュアラーのような融通性があるようにも思える。イラクとアメリカの共通の利益の合致点は、何なのであろう。それはイラクとアメリカが満足することであろう。

岡目八目、それは鳥瞰することで見出されるのではないだろうか。もう一度、宇宙から見た青い地球を見つめることで何かが見えてくるのではないだろうか。コロンビアの宇宙飛行士が最後に見た地球の美しさを。1981年にバクダッドの核疑惑施設を攻撃したパイロットがコロンビアの飛行士であった。バクダッドでその現場を訪れたことが、イラク戦回避の叫びを高ぶらせる。こんな理想主義を語っているうちに戦争が始まるかもしれない。先程、CNNによく登場するアラブの解説者とばったり会った。「戦争の確率は」、と尋ねたところ1カ月以内に95%とのこと。インシュアラー。

中野さんにメールは E-mail:TNAKANO@BROOKINGS.EDU