執筆者:中野 有【ブルッキングス研究所客員研究員】

ホワイトハウスのすぐ近くにスターバックス風のカフェーがある。そこでブッシュ大統領のスピーチライターがせっせとペンを走らせている姿を見かけた。一般教書演説も、こんな自由な雰囲気で練られたと想像すると、たとえそれが戦争を正当化する構想であってもアメリカのおおらかさを垣間見ることができる。そうはいっても、冷戦を制覇し世界の警察官として期待されたはずのアメリカはいったいどうなってしまったのであろうか。

「うれしいね」。イラク攻撃に反対する平和運動。電話から聞く伴主筆の声である。とにかく世界に轟く反戦ラリーのうねりは、平和のグローバリゼーションである。イラク攻撃に反対する平和運動は、戦略や分析や理屈を越えた「平和を愛する」感性である。

他方、ワシントンのシンクタンクは、連日、多彩な専門家が集まり、戦争への戦略から戦後復興まで話し合われている。マスコミの論調も戦争を翼賛する論調が主流である。このように戦争への道を突っ走るアメリカの異常なまでの執着に接し、日々フラストレーションが溜まっていく。アメリカのシンクタンクやマスコミの論調は、冷徹な国際情勢を冷静に分析していることについては否定できないが、純粋に平和を追求するという普遍的な感性や本質が欠如していると思はれてならない。

アメリカのイラク攻撃への緻密な戦略は、9.11の同時多発テロから発している。17カ月経ても、なお国際テロ退治の強い結束力が存在している。世界の反戦デモに悩まされぬブッシュ政権の異常なる意志は、敗戦を経験してないアメリカの驕りから来ているのであろう。「悪の枢軸」や国際テロに対する柔軟な構想、すなわち中長期的な平和構想は、目前に迫る先制攻撃に代表される近視眼的な一国主義に圧倒されてしまうのである。

平和への埒があかぬと思いきや、思わぬところでアメリカの柔軟性に触れることがある。ワシントンのタクシードライバーは、エチオピアやナイジェリア等のアフリカから、はたまた東欧やアジアと国際色あふれている。タクシーに乗車するたびに、イラク戦について問い掛けるのだが、多くの場合、宗教観から世界観まで包含した鋭い平和構想を聞くことができる。極論すれば、イラク問題に関しては、シンクタンクで複雑な論争を聞くより、タクシードライバーから講義を受けた方が明るい展望が見え、スーとする。

アメリカは、自由と夢を求め世界中から国際人が集まる「世界連邦」である。アメリカの底力は、恐らく普遍的な自由を礎にした世界連邦で構成された柔軟性であると信じている。しかし、問題はアメリカのスタンダードによる排他性がブッシュ政権においては強すぎる点にある。

「自由は取るべきものなり」。土佐の自由民権運動の思想家、中江兆民の言葉である。アメリカは自由を脅かすテロや独裁者に対し、命を張っている。反戦運動にひるむことなく戦う気配である。ブッシュドクトリンの中には先制攻撃のみならず多国間の協調やソフトパワーもある。しかし、ブッシュ政権の姿勢は、ブッシュドクトリンのソフトパワーの価値を忘れかけている。

今、イラク問題で求められるのは、シンクタンクが分析する戦略や戦術でなく、平和を愛する感性である。世界を駆け巡る平和運動が、21世紀初頭のグローバリゼーションになることが望まれる。「自由と平和は取るべきものなり」。冷戦に圧勝し驕り高ぶっているアメリカは、自国のみならず普遍的な平和構想の実現に向け汗をかかなければいけない。そうしなければ自由も平和も奪われてしまうだろう。

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