執筆者:中野 有【ブルッキングス研究所客員研究員】

イラクへの軍事制裁が迫っているだけに、ブッシュ大統領の一般教書演説に世界は注目したが、総花的な内政を重視した内容であり、大きな政策の変化はなかった。外交政策で注目すべきは、多国籍軍を率いるが、世界の同意が得られなくともテロ国家による大量破壊兵器に挑戦するという明確なブッシュ大統領の姿勢が示された。

ブッシュ大統領が昨年のような「悪の枢軸」という好戦的な言葉を使わなかった背景には、フランスやドイツを中心とする米国の一国主義への牽制が効いたと考えられる。近視眼的な米国の一国主義は、世界経済や世界平和の根本を揺るがすものである。一国主義を克服し、柔軟な進歩主義的な多国間主義に方向転換すべき時期に来ている。米国を説得するパワーが求められる。

ブッシュ政権はフセイン体制の崩壊を目指した戦争を仕掛けようとしているが、米国の戦争へのトーンは明らかに下がりつつある。12月中旬に、米国政府の安全保障関係者30人が集まる会議で、イラク戦の早期可能性に関し7割が肯定していた。しかし、現時点では、イラクが米国本土に戦争を仕掛けるという緊迫した情勢でなく、仮に米国の挑発にイラクが応じ戦争が始まっても、戦争遂行とイラク復興について内外の世論形成が整っておらず米国が大きく分断し、米国の孤立化は必須との見方が強い。

それでもなぜ、ブッシュ大統領はイラクとの戦闘を急ぐのか。石油の利権から中東再編まで多くの戦略もあろうが、そんな米国の思惑で「パンドラの箱」が開かれれば、世界は混沌とする。この戦争こそ回避されなければいけない。

1991年の湾岸戦争や1999年の米英によるイラクへの「砂漠の狐作戦」とは、イスラム教を敵に回す点や、民主主義国家の不調和音を生み出す意味で戦争の重みが大きく異なる。日米同盟とは、こんな時こそ米国に平和への一歩を伝えるために存在しているのではないだろうか。米軍がペルシャ湾に集結している状況の中で米国の面子を保ち、かつ戦争から平和へのシナリオがあるのであろうか。

米国の一国主義にも功績があるとすると、イラクへの大量破壊兵器の査察に関する国連1441の決議案を国連常任理事会が15カ国一致で通したことであろう。このようにフセイン体制に対する米国の強い姿勢が示されなかったら、国際社会が一枚岩となり国際テロの脅威を世界が考え、また世界が国連の査察に神経を尖らせることもなかったであろう。

国連の決議案に従い、少なくともイラクは国連の査察を受け入れた。イラクの協力姿勢に不満もあろうが、イラクが開戦の準備をしてきたとは、メディアが伝えるイラクの映像からは微塵にも感ぜられない。国連やメディア、そして平和を提唱するNGOがイラクに入っている限り戦争を未然に防ぐ抑止力が機能していると考えられる。

現時点のイラクは大量破壊兵器による戦争を行う戦闘態勢でない。もう一方の悪の枢軸である北朝鮮は、核兵器と士気の高い百万の軍隊を備えており戦闘態勢である。弱いものいじめで、リスクを恐れているようではブッシュ大統領の西部劇は成り立たない。

西部劇が成り立つとすると、フセイン大統領や金正日総書記が国連という多国間主義のルールを再三にわたり無視し、最終通告に従わなかった時であろう。米国は世界最強の軍事力をペルシャ湾に集結させている。それを使いたがるのは世の常である。

しかし、戦わずして勝利することが最高の勲章であるとの認識が深まることで、フランス・ドイツが先導役をなす国連外交が開花する可能性が高まる。抑止力としての軍事のバックアップによる外交は機能しないはずがない。米軍がペルシャ湾に集結することでハードパワーを強調する米国の新保守主義(ネオコン)の面子が保て、かつ国際社会の協調による安全保障が成り立つのではないか。

21世紀の初頭、戦争が始まろうとしている。萬晩報は、戦前の新聞である萬朝報の現代版であるとすると、萬晩報のコラムニストとして平和構築のための想いを伝えることが義務であると感じる。中江兆民、幸徳秋水、黒岩涙香といった当時のジャーナリストが生きていたら現代の世相をどう見るであろうか。

読者の皆様からご意見を頂き萬晩報の論調を米国に伝えたい。

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