執筆者:五十嵐 正康【萬晩報通信員】

私は福島県会津坂下町で田圃を4ヘクタールほど作っている農家です。昨年から有機JASの認定を受けて今年は3ヘクタールほどを有機無農薬で作付けしています。そんな私の目から見たコメの表示に関する問題提起をさせてもらいたい。

昨年改正されたJAS法の表示規定で、あまり公にされていないが、農家にとってはかなり大きな問題となる文言が盛り込まれた。実は改正後、食糧事務所の検査を受けなければ「生産年」と「銘柄」を表示できなくなったのである。つまり農家がコシヒカリを栽培して自分で袋詰めして「14年産コシヒカリ」として販売する場合、食糧事務所の検査がないと、事実上の「偽装」と同じ罪に問われるということである。

消費者側から見ればこれは当たり前に思われるかもしれないが、農家側から見ればコメをJA経済連に集めるための「嫌がらせ」とも思える法律である。表面的には検査により一定の品質保証があると受け止められるかもしれないが、逆に考えれば検査を受ければ2等米だろうが3等米だろうが生産年と品種を表示できるということである。しかも精米に対する検査等級の表示義務は唱われていない。また検査の等級が食味を反映しているわけでもなく、さらに精米の品質と一致しているわけでもない。

●第一のハードルは検定済み30キロ入りコメ袋

実際に今年我が家のコメの検査を受けようと地元の食糧事務所に赴いてわかったことは、農家が自分のコメを検査してもらうのが、事実上不可能に近いという事実である。まず検査を受けるには「国の検定を受けた30キロ入り米袋」に入れなくてはいけない。この袋は農業資材を売っているホームセンターなどでは入手が困難である。一方で、JA農協は昨年から農協に出荷しない農家へ米袋の斡旋はしてくれなくなっており、出荷農家へも農協出荷予定分の数量しか袋を斡旋してくない。

●第二のハードルは検査場所

さらに検査場所の問題がある。検査するにはコメを検査をしてくれるところまで運ばなければならない。農協の倉庫は農協出荷以外の農家には場所を貸してくれるべくもありません。検査をうけるには数十俵ずつトラックに積んで、食糧事務所の駐車場まで運んでトラックに積んだまま検査を受け、また家まで運んでトラックから降ろし倉庫に積み直すという作業を繰り返さなければなりません。食糧事務所から近い農家は往復1時間もあれば食糧事務所まで行って帰ってこれるでしょうが、片道1時間もかかる農家は大変です。ここにコメの積み卸しの時間が加算されます。今のところ農家まで赴いて検査をするという体制は取られていない。田圃を2ヘクタールも作っていたら大変。作業は一日では終わらない。

では農家はどうやって検査を受ければよいのだろうか。

まず検定を受けた袋を何とか入手し検査請求の書類を食糧事務所に提出し、検査官が事務所にいる日時の指定をうけ、その日のうちにコメを運んで検査を受けなければならない。この時期、検査官は各農協や集荷業者の倉庫で検査に大忙しで、しかも土日祝日以外の9時から5時と公務員の就労時間内に完了しなければならない。

規模の小さい農家は全量を農協出荷するのが最良の方法だろう。そうすれば販売のリスクもなくなり、表示の罪に問われることもない。ただ農協の買い上げ価格は安く、経営的にやっていけなくなるというリスクを伴う。減反政策に反対して農協に出荷できない農家は銘柄も産年も表示しないで「ただのコメ」として販売するしかない。コシヒカリと表示すればJAS法の表示義務違反の罪に問われかねないからだ。兼業をしながら自分でコメを販売している農家は結構いるのだ。

さらにこんなこだわり農家もいる。消費者であるお客様に美味しいコメを届けようと、コメをモミのままで貯蔵している農家だ。確かにモミで貯蔵して精米直前に籾すりたコメは味がよい。こういう農家はモミのままでは検査を受けられないので、籾すりをしてコメを玄米にするたびに食糧事務所に持ち込まなければならない。しかも4月から8月までは検査の受付をしないから、その期間は「ただのコメ」と表示して売るしかない。

●胸を張って売れない悲しさ

このJAS法改正は、確かに不正表示の防止や、産地の保護、消費者への啓蒙という意味では今の日本に必要な法律の一つであるというのは間違いない。ただしコメの銘柄表示に関してはこんなふざけた法律はないというのが私たち農家の見解だ。自分で自分のコメを正当な表示をして販売できないというのは悪法以外の何者でもない。これだけ、地産地省や都市と農村の交流が叫ばれているなか、自分で作ったものを直接消費者に胸を張って販売できないというのは大問題であると言わざるをえない。

消費者側にとってもいいことずくめではない。たとえば、美味しい会津のコシヒカリがほしいと農家に頼んで送ってもらった米袋には「ただのコメ」としか書いていない。問い合わせてみると中身は確かにコシヒカリであるという農家の返事。コメが美味しければそれで良いということであればそれはそれでいいが、確実にコシヒカリであるという証拠はどこにもない。農家は美味しいコシヒカリと同時に美味しいひとめぼれも作って販売しているかもしれないし、何かの間違いで袋を取り違えるということもあり得るからだ。極端な例だが、そんな間違いは起こらなくても疑り深い消費者は「銘柄の表示がない」ということだけでその農家からのコメの購入をやめてしまうかもしれない。

りんごだって今時「ただのりんご」としてスーパーで買ってくる人はいないだろう。りんごを買うときにはフジが好きだとか、昔懐かしい紅玉がいいだとか、消費者のこだわりがそこに反映されるものだ。りんごには検査を受けないから銘柄を表示できないという法律はないはず。なぜコメだけにそんな法律が作られたのだろうか。この法律が厳格に摘要されると、自分でコメを販売しようという農家の意欲がそがれるのは間違いない。農家はコメを小口で消費者に販売するよりも、安くてもまとめて農協や民間の集荷業者に出荷した方が安心ということになる。

農協に出荷するには「とも保証」と呼ばれる制度(減反達成互助制度のようなもの)に加入して、減反を100%達成していることが必要。達成していないと集荷の価格は一俵あたり数千円ずつ安く買いたたかれ、民間の集荷業者も行政からの要請で農協と同じ対応を取らされているようだ。

やる気のある農家はこれに反発して独自の販売ルートを開拓し、自分の将来を切り開く努力をしている。大規模営農者は独自に検査を受けて販売ルートを維持できるだろうが、小規模の農家にとっては事情が違ってくる。まず法律の適用が厳格になると、今まで自主流通米として集荷してくれていた民間の集荷業者が未検査米の集荷には消極的になることが考えられる。今のところそのような状況までにはなっていないようだが、そうなると売り先をなくした農家は先ほどのように全量JA経済連に出荷するしか販売方法がなくなってしまう。さらに農協出荷ではちょっとした問題がおきる。農協は「だれだれさんのこだわりのコメ」などと区別して売ってくれる仕組みがないので、こだわりをもって、減農薬や天日干し、籾貯蔵という方法で付加価値を付けて販売しようとしている農家の努力が報いられなくなる。

●一致するJAと農水省の思惑

そのあたりの話を聞くと、この表示法改正はコメを全量、自分の所に集めたい経済連(農協)と、減反を100%達成させたい農水省の思惑が一致した結果できた法律のように思えて、農家としては非常におもしろくない話となる。検査といっても見た目だけを検査するだけで、使用した農薬の種類、量、時期を確認するわけでもなく、コメの銘柄の生物学的な確認をしているわけでもないという矛盾が見えてくる。

いったいこの法律は誰のための法律なのだろうか。JAS法自体は今の日本に取って、必要な法律であると思うし、ヨーロッパ的な原産地の考え方を日本人に広めるという意味ですばらしいものなのだが、コメの銘柄表示の部分だけは一部の人々の利益を誘導うるためだけに付加されたと思われて、疑問に思わずにいられない。

ちなみに我が家はといえば、JASの有機の認証を受けていてそのコメを民間に出荷するためにわざわざ山形の知人を伝に検定袋を入手して、これから20俵(1.2トン)ずつ食糧事務所前まで運び検査を受ける予定だ。ただ同じことを兼業の農家がやるのはかなり難しいと思う。会津では兼業といっても2ヘクタールくらい作っている農家はたくさんいて、結構知り合いを通じて独自に販売している人も多い。そんな人たちにこのJAS法が厳密に適用されれば皆表示義務違反となり、食品偽装と同じ罪に問われるのです。

個人的には、コメの生産現場においても、販売のための流通においても多様性を保つことこそが消費者と農家の未来を開く鍵であると思い。一元的に経済連や大手の米卸のコメしか買えないと言われたら、日本人のコメに対するこだわりは今以上に希薄になってしまうのではないだろうか。農家が自分の作った作物の販売の自由と消費者との直接の関わりを保つためにも、このJAS法のコメ表示の規定の改定を望まずにはいられません。

五十嵐さんにメールは fwge0440@nifty.com